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行きは2人だが帰りは4人となり、そのうち2人は喧嘩をしていた。ルイズとキュルケだ。 賑やかなのを通り越して煩くなったが、移動による疲れもあってじきに静かになった。 「やっと黙ったか?うるせー娘っ子達だ。ちったー慎みってのを覚えたほうがいいな」 「何ですって!? …って、あらダーリン。インテリジェンスソードなの?それ」 「……そうらしい」 「あえてそんな口の悪い錆びてる剣を選ぶなんて、やっぱり面白くて素敵だわダーリン♪」 「いつアンタのダーリンになったのよツェルプストー!」 「あら私の前じゃ…」 「「……」」 タバサが少しだけ眉をひそめていた。本が読みたいのだが捗らないらしく、黙って竜を操っている。 しかしそのまま喧嘩が再燃しそうなのをとうとう腹に据えかねたのか、おもむろに杖を振るった。 「うるさい」 「う、わ、悪かったわよ……ところで誰よアンタ。何でツェルプストーと一緒にいるの?」 「あたしの友達だからよ。この風竜は彼女の使い魔なの」 「タバサ」 「え、霧亥も知ってるの?」 「図書館で助けてもらった」 タバサが頷く。様々な視線が4人(主に霧亥を除いた3人)の間で交差する。 その後は誰も喋ることなく、夕食の時間になるころには学院に戻ることができた。 空に月がぼんやりと浮かびあがり大地を照らすころ、4人は外にいた。 結局タバサと霧亥は2人の喧嘩を止めることができなかった。 そして壁にヒビが入る。 「あたしの勝ちね、ヴァリエール」 「うう、屈辱…」 「帰るぞ」 霧亥が戻ろうとしたその時、地鳴りとともに地面が隆起して巨大な人の姿を形成していく。 「……素材が地面と同じもので構築されている。何だあれは」 「きゃあああああああああ!ゴーレム!?」 「盗賊!?ちょっと霧亥!なにボサっとしてるのよ!」 「行け」 「いいからこっちに「逃げるわよヴァリエール!」ちょっとツェルプストー!離してよ!」 「乗って」 霧亥はデルフリンガーに手をかけながら様子を伺うと、いつでも回避できるように構える。 一方で2人をレビテーションで浮かばせたタバサがそのまま風竜で2人を掴むと距離をとる。 ゴーレムは、ルイズとキュルゲがタバサの風竜で逃げ、霧亥がじっと眺めているのも意に介さない。 そのまま壁を破壊して中が見えると、黒いローブを身に纏った盗賊が宝物庫に侵入した。 しばらくして何かを持ち出してくる。それは長方形のプレートのようなものだった。 壁に何か文字を刻んで、悠々と立ち去っていく。誰も止めるものはいない。 「これが『異界の板』ね…いったい何なのか知らないけど、確かに2つとない宝だわ」 黒いローブの正体は『土くれ』のフーケという。 フーケはルイズ達の存在に気づいているが、この距離なら顔は見られないだろうと思っている。 顔さえ見られなければ、後はどうとでも誤魔化すことができる。それは事実だった。 霧亥はフーケの顔より手に持った道具に目を奪われた。 素材までは判別できなかった。だが見逃せない刻印があったのだ。 縦線と十字架を左右対称に刻んだ、その文様。 「セーフガード」 網膜の表示を確認した霧亥は、フーケの追跡を開始した。 2人が野を駆けている。一人は逃げて、一人はそれを追いかけている。 フーケが背後を振り返れば、夜の闇に紛れて竜が追いかけてくるのも見ることができた。 だが追跡してくる霧亥を確認して以来、フーケに振り返る余裕はない。 「(大剣を持ったままでなんてスピードだい?さっきから随分走ってるのにと、ちっとも疲れが感じられない…)」 このままでは霧亥に追いつかれるのは明らかであるのをフーケは認識する。 その追跡者を振り切るべく、3回同じ呪文を唱え、続いて別の呪文を1度唱えた。 「おでれーた!この速度なら追いつけるぜ相棒!」 「様子が変だ」 異変を察知した霧亥は、走りながらデルフリンガーに手をかける。 「エネルギーを計測…周囲の素材でまた何か生成している」 「ありゃゴーレムだ。魔力が小さい?ゴーレムにはもっと…けど数が11、12…まずい、まずい!」 「黙っていろ」 ルーンが起動し、霧亥が戦闘行動を開始する。 胴体を両断。縦に両断。胸に突き立てたデルフリンガーを抜く間に襲い掛かるゴーレムを殴って動きを止める。 だがその間に別のゴーレムが霧亥を思い切り殴りつけ、デルフリンガーごと霧亥の体が宙を舞う。 3メイルほど飛んだかと思うと、霧亥は口から血を流しながらデルフリンガーを支えに立ち上がった。 「やられたぜ相棒。他のゴーレムは単なる土人形か単なる土の造形で、本命はあいつだ」 「……」 鈍い音を立てて近寄ってくるそのゴーレムをデルフリンガーを振りぬいて破壊する。 ズン、と鈍い音を立てて全てのゴーレムは元の素材に戻った。 後には土くれの山が出来上がっただけである。 「なあ、ちょっといいかい」 「……」 学院に向かって歩いてかえる霧亥に、デルフリンガーが話しかけた。 「今ので思い出したことがあるんだ。俺の刀身で触れた攻撃魔法を吸収して動力に変換できる。 今のゴーレムは厳密には攻撃魔法じゃないから無理だが、役に立てそうかい」 「ああ」 「良かった。あともし何かあったとしても、一時的ならこっちで所有者の体を操作できる。ある程度の魔法を吸収してないとダメだけどな。 それに手に持ってくれないと無理だ」 「……」 霧亥は立ち止まってデルフリンガーをじっと眺めた。しばらくしてデルフリンガーが弁解する。 「待ってくれ!あくまでも緊急避難用だし動作優先権はそっちの方が上位だ!勝手に操ったりしねーって! まさかここに置いていこうなんて考えてないよな?」 霧亥は答えず、黙って歩く。風竜がこちらに接近してくる。 「なっ?せっかくいいコンビになれそうなんだ。俺ッちが機能を回復させれば探索も楽になるぜ。だから捨てないでくれよ相棒」 「……帰るぞ」 その後で心配する3人をよそに、霧亥は歩いて学院まで戻った。 翌朝になってもまだ、学院は『土くれ』のフーケについてで大騒ぎになっていた。 教員一同は詳しく現場を調べたり、生徒たちに事情を説明したりしていた。 昼前になるころには目撃者に対する聴取が行われていた。 この時に教員一同を集めてルイズ、キュルケ、タバサを召喚するべきだと提案した教員はコルベールという。 コルベールはかつて従軍していた経験もあって、こういう異常事態にも適応力を持つ人だ。 今回も慌てる教員や生徒たちに対して、冷静に沈静化を図るべく行動をしていた。 「申し訳ないが、君たちには事件について話してもらわなくてはならない」 こうして3人と使い魔である霧亥(トカゲ2匹は大きさと有効性が無いと判断されて放置された)は 教員一同と学院のトップに囲まれることになった。 「さあ、見たことを詳しく説明してくれたまえ」 進み出て語りだしたのはルイズだった。 「大きなゴーレムが壁を壊して、その肩に乗っていた黒いローブのメイジが何かを持ち出したんです」 「つまり、君たちが魔法の練習をしていたところに『土くれ』のフーケがゴーレムで現れたと」 そう尋ねるのはオスマン学院長。動揺よりも疲労感のほうが色濃い。 「それで?」 「城壁を越えてゴーレムは歩いてきました。そしたら私の使い魔がフーケを追いかけていって…」 「なんと!君の使い魔が『土くれ』のフーケを?」 これには多くの教員たちが驚いた。だがルイズの次の発言に、更に教師たちは驚かされる。 「それで、私たちは使い魔を追いかけたんです。とても危険なことだと思いました。 そうしたら霧亥…使い魔は、少し進んだ先で無数のゴーレムと戦って足止めされていました。 結局は逃げられてしまったようなのですが……」 「戦った?一生徒の使い魔が、あのフーケのゴーレムと?ならば無事なわけが」 「いやいやギトー先生、彼は以前、グラモン家の子息との血統で…」 「だけどあの黒い服は確かに怪しい……」 静粛に、というオスマンとコルベールの声により沈黙が取り戻される。 「君は…確かキリイという名前だったね。キリイくん。君はフーケについて何か知らないかね。どんな些細な事でもいい」 「俺が見た限りでは――」 霧亥が答えようとしたとき、遅れてミス・ロングビルが現れた。彼女はオスマンの秘書だ。 「……と、いうことで私が調べたフーケの報告は以上です」 「ふむ、この生徒たちの証言とも辻褄が合うな」 彼女は遅刻に対する非難の目を意に介さず、調べ上げたデータを報告した。 「ではフーケに対する捜索隊を編成する。我こそは、と思うものは杖を掲げよ」 コルベールの最初の提案は政治的な都合により却下され、捜索隊が編成されることになった。 だが志願する教員はいない。フーケの実力からして、下手をすれば戦闘になるからである。 そのまま無言で部屋を出て行こうとする霧亥と、それに気づいて杖を掲げるルイズ。 「行きます」 それに合わせてキュルケとタバサも杖を掲げた。 「しかしタバサが『シュヴァリエ』の称号を持ってるとはね」 彼女たちは馬車に揺られている。移動に疲労せず魔力を使わずに済むように、という配慮である。 御者を務めるのはロングビルである。戦力になり、道を知っている、というのが選出の理由だった。 「ところでミス・ロングビルは…」 「よしなさいよ」 「あら、いいじゃない」 霧亥はロングビルを何度か眺めるとじっとしている。 タバサは本と霧亥を交互に眺めてから、本を読むことに専念した。 そして一向は馬車を降りて森へと向かっていく―――… 一向は開けた場所に出た。森の中の空き地。広さはそこそこ。 真ん中に廃屋が1軒だけ存在している。 「わたくしの聞いた情報では、あの中にいるという話でした」 ミス・ロングビルは廃屋を指差してそういった。人が住んでいる気配は無い。 そんな気配よりも雄弁に語る情報を霧亥は見ていた。4人が相談をすべく集まるが、霧亥は歩いて小屋へ近づく。 「ちょっと霧亥!」 「あの中に有機…生き物は存在しない」 戸惑う4人を意に介さず、そのまま近づいてドアノブに手をかける。 鍵すらかかっていないドアは乾いた音を立てて開け放たれた。 「近くにフーケがいないかどうか、偵察に行ってきます」 そう言い残してミス・ロングビルは森の中に消える。 他の3人は、罠が無い事を確認すると小屋の中に入ってきた。 持ち去られた品物の奪還が、この捜索隊のひとつの目的だからである。 「異界の板」 発見したのはタバサだった。それはチェストの中に無造作に放り込まれていた。 「あっけないわね!」 キュルケがそう叫んだ。ルイズもそれに同意したようだ。 「携行型マルチデバイス。上位セーフガードの標準装備」 霧亥がそう口にする。 「え、どういうこと?」 3人の視線が霧亥に集中した。全員が興味津々といった様子だ。 「この世界の道具じゃない」 「あら、使い魔さんはこの道具の使い方をご存知なのですか?」 偵察を終えたミス・ロングビルが戻ってくる。霧亥はそれを手にとって操作してみた。 電源が生きている。そのまま幾つか操作してログを調べてみた。 「これに触れたことはあるか?」 ミス・ロングビルに尋ねる霧亥。彼女は首を横に振った。 「見たことはありますが、触るなんてとても」 「……持っててくれ」 ポケットを探りながらデバイスをミス・ロングビルに手渡す。 ミス・ロングビルは霧亥の手元が気になるのか、何の気なしにそれを受け取った。 「おい、相棒。俺を置いてどうしたんだい」 「待て」 地面に突き立てたデルフリンガーも理解できない、といった具合に尋ねている。 そのまま霧亥はミス・ロングビルからデバイスを返してもらうと、再び操作を開始した。 「……お前がフーケだ」 「何の冗談ですか?」 片手で構えたデルフリンガーをミス・ロングビルに突き付ける霧亥。 操作して生体反応のログを確認していたのである。 「これには触れた人間の記録が残る。フーケが持っていったときの記録とお前が一致した」 「……ちょっと油断しすぎたね。そんな面倒なマジックアイテムだと知ってたら触らなかったのに」 「ミス・ロングビル!?」 3人は目の前で起こった出来事が理解できないようだったが、じきにタバサは杖を構えていた。 「なぜこれを狙う」 「魔法学院の宝だからさ。だけどアタシにもそれが何なのか判らなかった。アンタ、知ってるみたいだね? 逃げも隠れもしないから教えてくれないかい?そりゃ、いったい何なんだい?」 「俺の世界の手帳のようなものだ。だがこれを持つ存在はかなり限られる」 フーケが笑ったような気がした。事実笑っていたのだが、それを認識する瞬間に部屋が煙に包まれた。 「煙――キャッ!?」 タバサがとっさに杖を振るい部屋の窓ごと煙を吹き飛ばしたが、そこで状況が変化していた。 ルイズが人質にとられてしまったのである。 「ミス・ロングビル!どうしてこんなことを!」 「簡単よ。1つはお金、もう1つは、私が貴族を嫌いだって事。さあ、その『異界の板』の使い方と中身を説明して渡しなさい。 下手に動けばこの娘の首を切り裂くわ」 「わかった」 「おい、相棒」 「別にいい」 そのまま操作して情報を調べ上げる。所有者は上位セーフガードの一人で、最後にアクセスしてから随分と長い時間が経過していた。 とある大規模な珪素生物との交戦の際に、時空隙に巻き込まれてしまったようだった。 「この『異界の板』にある機能を全て開放させるには、この板に持ち主を認識させる必要がある」 「続けな」 「お前がこの板の、この赤い四角の中に触れた後に特定の操作を行えば、その認識が可能だ」 「中身はどうだったんだい?」 「周囲の地形の情報を見ることができる。どんな形で、目立つような生き物がいるかどうか」 「そいつはいいねえ……さあ渡すんだ」 「ルイズを開放するのが先だ」 「立場ってもんが判ってないようだね?」 ミス・ロングビル……フーケは、そのまま長い呪文を詠唱すると、巨大なゴーレムを作り出す。 そこに乗っかると、ルイズとの交換だと言った。 「持って行け」 「霧亥!それを持って帰ってフーケを手配してもらって!私は死んでもいいから!」 「……」 放り投げられるデバイス。 フーケはそれを受け取るとルイズを突き飛ばし、手帳の赤い部分に指を押し付けた。 「へえ、綺麗な画面だね……ん?何か点滅して……キャアッ!?」 突然デバイスは稲妻のようなものを放つと、ボン、と音を立てて爆発した。 「お前、騙したね!」 激昂したフーケのゴーレムが、霧亥を軽々と殴り飛ばして樹木に叩きつける。 木の幹はそのまま真っ二つに折れた。フーケは次にキュルケとタバサに攻撃を加えようとした。 「無理よこんなの!」 すかさず杖を拾ったタバサとキュルケは魔法を打ち込むが有効打には成りえない。 ルイズも杖を拾ったとき、風竜が飛んできた。 「ヴァリエール!逃げるわよ!」 「退却」 だがルイズは動かない。彼女は怒りと恐怖で震えていた。 目の前で人が殴り飛ばされるのも、ナイフを突き付けられるのも初めてだ。 「このーっ!この!この!」 ルイズはファイアーボールを打ち込む。当然失敗して、そのままゴーレムの一部が抉れただけだった。 「ヴァリエール!ちょっと、ヴァリエール! ああもう、馬鹿ルイズ!」 「レビテーション」 「待って!霧亥が!」 「もう駄目よ!」 ルイズの体が浮遊したのをすかさず風竜が口に咥え、急いで飛び去る。 膨大な質量を持つ拳が彼女たちの存在する空間座標に攻撃を加えるが、ギリギリでの回避運動に成功していた。 「チッ、逃げたか!とんだ失態だよ…!」 飛び去る風竜を見送りながら、フーケはゴーレムを解除して逃げる算段に入る。 「(このまま森を抜けてゲルマニアの方面に逃げるか、あるいはアルビオン方…)」 そんな思考は、倒したはずだと思った使い魔の攻撃で中断された。 腹から飛び出している錆びた刃は血で濡れている。 「あ……」 理解する間もなく自分の腕が折られ、足が折られた時点で彼女は気を失った。 「相棒、容赦ねーな…って、相棒…おめーも腕が…」 「これは敵だ」 「まだ生きてるぜ」 「どちらも回収して帰る」 フーケの杖をへし折り、デルフリンガーを握りなおす霧亥。 「待った、殺すな相棒。上手くいけば賞金が手に入るぜ。確かこういうのは生きてた方が増えることが多いんだ」 「……」 無言でデルフリンガーを腰に固定し、爆発したデバイスの外側の残骸を回収する。 そのままフーケを抱えあげると、霧亥は再び歩き出した。 そして止めていた馬車を使って学院に戻る。 「フーケを捕らえ、不完全だがデバイスも回収した」 「霧亥?」 「ダーリン?」 「……生きてる?」 学院に戻ると、3人がそれぞれ驚きの余りに立ち尽くしていた。 しかしその後ですぐに駆け寄ってきて、抱擁を受ける。 その際に腕が折れているのに気がついた一同により、霧亥も治療を受けることができた。 ルイズは何を思ったのか、少し泣いていた。
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※ 注意、今回は番外編です。本編とはなんら関係がありません。 変な夢を見た――― タバサが本を読んでいるとキュルケがバタバタと部屋に入ってきました。 「タバサ~!!お日様出てるのに雨降ってるよ~!!」 見たこと無いハイテンションでキュルケが話しかけてきました。タバサは半ばあきれ気味に読んでいた本を閉じるとこう説明しました。 「それはキツネのヨメイリと言って、こんな時はどこかでキツネが結婚式をしている。と、東方の伝承で言われている」 「ふ~ん、キツネのヨメイリなんだ・・・」 キュルケはそう言いながら後ろからあるものを取り出しました。 「じゃぁ、これは?」 「タコのマクラ」 「じゃぁ、これは?」 「サルのコシカケ」 キュルケは何故か色々な物を取り出してタバサに見せていきます。タバサも最初の頃は冷静に答えていました。しかし・・・ 「タツのオトシゴ・・」 「カツオのエボシ・・・」 「リュウグウのツカイ・・・・・・」 さすがのタバサも嫌な物を感じてきて滝のような汗をかいていました。 「・・・だから、何が言いたい・・・それは、リュウグウのオトヒメのモトユイのキリハズシ!!」 タバサが「ハッ!!」と気がつき横を見ると、おとーさん・ルイズ・キュルケ・コルベールがこんな事を言ってました。 「オニのカクラン」 「ヒンジャのイットウ」 「セイテンのヘキレキ」 「ウドンゲのハナ」 タバサはそのままひっくり返ってしまいました。 「・・・タバサ・・・タバサ?大丈夫?」 気がつくとタバサはキュルケから起こされていました。 「タバサ大丈夫?凄く魘されてたわよ?」 キュルケが心配して声をかけます。タバサはいつものように短く返事しました。 「・・大丈夫」 タバサはなんであんな変な夢を見たのかと少し考えていました。そんなタバサに一安心したキュルケはこういいました。 「よかった~。心配したんだからね。あ、ところでタバサ・・・」 キュルケは後ろから物を出して・・・ 変な夢を見た――― (これは・・・あの地獄の雪中行軍演習じゃないか・・・) コルベールは寒さに震えていました。 (・・・さ、寒い・・・) コルベールはあまりの寒さに、身動きが取れなくなっていました。行軍から抜けどんどん取り残されていきます。 (・・・置いてかないでくれ・・・助け・・・) コルベールの願いも空しく行軍はどんどん去っていきました。 その瞬間コルベールの意識がなくなりました・・・・ 気がつくと自分の研究室で寝ていたコルベールはホッとしていました。 「やれやれ、春も過ぎているというのになんて夢を・・・」 ふと、頭が濡れて冷たい事にコルベールは気がつきました。危険な薬品であれば大事となりますが、命にかかわるような変化は今のところありませんでした。 「特に何ともないようだが・・何かの薬品でもこぼしたかな?」 コルベールは何の薬品か確認してみることにしました。そこには、ミス・ロングビルから頼まれて作った脱毛剤が入った薬品のビンが倒れ・・・ 変な夢を見た――― キュルケは洞窟の中を歩いていました。しかし、どうも気にかかる事があります。 「洞窟の前にいた犬どっかで見たことあるんだけど・・・」 いくら考えても思い出せません。あまり気にしないことにして先に進んでいくことにしました。 しばらく歩いていると誰かにつけられてる気配がします。洞窟の出口まで来たところでキュルケは杖を取り出し振り向きざまにこう叫びました。 「あたしの後ろを取ろうたってそうは・・・あれ?」 しかし、そこには誰も居ませんでした。気のせいかと考え何歩か歩き出したところでやはり気になって振り返りました。 そこには、ジョンの大群が居ました。 「ひぃぃぃぃぃ~~~」 キュルケは声にならない悲鳴をあげながら逃げましたがあっという間に囲まれてしまいました。そうして、ジョン達がいっせいにクシャミを・・・ キュルケは「犬が・・・破裂・・・触手・・怖い・・」と魘されていました・・・・ 変な夢を見た?――― オーク鬼にとって人間は食料でしかない・・・ 一匹のオーク鬼に、メイドのシエスタは森の中で追い詰められてしまいました。しかし、シエスタは冷静に周りを見回すと静かに語り始めました。 「・・・誰も見ていない・・・相手はオーク鬼・・・曾御爺ちゃん、つかってもいいよね」 シエスタはもちろん平民の娘、魔法を使うことなど出来ませんでした。しかし、シエスタは曽祖父から代々あるものを伝えられていました。 戦時中の日本から異界の地であるハルケギニアに飛ばされた曽祖父は森に住むオーク鬼を目の当たりにし自分が納めた古武術を対怪物用に改良させました。そして、祖父・父とその技は受け継がれ研鑽を重ねついにシエスタの代で完成をみたのでした。 「・・・流合気柔術 皆伝 シエスタ 参ります!!」 シエスタは静かにオーク鬼に歩み寄りました。それを見たオーク鬼は巨大な棍棒をシエスタに振り下ろしました。しかし、振り下ろそうとした場所にシエスタはすでに居ませんでした。 棍棒が地面に到達しようとした瞬間、オーク鬼は投げられていました。木にぶつかって衝撃音とともに地面に落ち這い蹲るオーク鬼を他所にシエスタは靴を脱いでいました。 「結構危なかったのですよ。やっぱり裸足にならないと上手くいきませんね」 裸足になったシエスタはポンとその場で軽く飛ぶとオーク鬼の目前まで跳躍して来ました。 頭を振りながら起き上がったオーク鬼は目の前にいるシエスタに掴みかかろうとしました。 そんなオーク鬼に対して、シエスタはオーク鬼の指と自分の指を指きりのように絡めました。その瞬間、オーク鬼は動けなくなり悲鳴を上げていました。丸太のように太いオーク鬼の腕がピンと伸びてミシミシと音を立てていました。 「話し合いとか出来たらいいのですけどね~。でも、やっぱり無理ですよね」 そう言うと、シエスタはオーク鬼を放しました。許したわけではなく、仕留めにかかるためでした。 シエスタはよろけたオーク鬼の足を刈ると空中で顎と頭を掴み捻りながら地面へ逆さに落としました。グキリと鈍い音がしてオーク鬼は絶命してしまいました。 「悪く思わないで下さいね。あなたより私が強かった・・・それだけの事なのですから・・・」 靴を履くと、ため息をつきながらシエスタはその場を後にしました。 「シエスタには・・・今後、酒を飲ませることは絶対に許さん・・・」 オールド・オスマンは医務室に行く前にそういい残しました・・・ 変な夢を見た――― オールド・オスマンとギトーは草原に立っていました。するとどこからか音が聞こえてきました。それを聞いたオールド・オスマンはこう呟きました。 「? お祭りかな 」 ギトーは音のする方をみて行列を発見しオールド・オスマンに見に行きましょうと言いました。しかし、オールド・オスマンはこう言いました。 「いーや。来るまで待つ!!」 オールド・オスマンとギトーはその場で小一時間ほど待っていました。すると、ようやく目の前に行列が来ました。オールド・オスマンは行列に歩み寄るとこの祭りについて尋ねてみる事にしました。 「これはなんのお祭りかね」 それを聞いた行列の一人が冷たく答えます。 「葬式ですよ」 驚いているオールド・オスマンに冷たく答えた一人がさらに説明を続けます。 「麒麟も老いれば駑馬にも劣る」 さらに別の人が続けます 「老醜をさらすより先に生きたまま埋葬してしまうのさ。御苦労さん・・・ってね」 オールド・オスマンは滝のような汗をかきながらさらに尋ねました。 「誰の葬式なのかね」 聞いた後に聞かなければ良かったとなぜか後悔の念が出てきました。 「・・・見てみるかい?」 棺の中には花に囲まれて呆けたように挨拶をする自分の姿が・・・・ 「ハッ!!」 オールド・オスマンはため息をつきながらこう言いました 「・・・変な夢を見た・・・」 「夢かな?」 その声に辺りを見回すと教師生徒が揃ってニヤリと笑っていました・・・ 「ハッ!!」 「・・・ハッ!!」 「・・・ッ!!」 「・・・」
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前ページ次ページウルトラマンゼロの使い魔 ウルトラマンゼロの使い魔 第七十話「アルビオン氷河期」 隕石小珍獣ミーニン 冷凍怪獣マーゴドン 凍結怪獣ガンダー 宇宙海獣レイキュバス 冷凍怪獣シーグラ 登場 「……はい。こちらもひどい吹雪でございます、陛下」 ウエストウッド村からそう離れていない地点。ガンダーとマーゴドンの二大冷凍怪獣の引き起こす 猛吹雪によって大地は雪に埋まり、元がどんな地形だったのかは皆目見当がつかない。 その雪原の上に、ローブで全身を包んだ女が雪と風に煽られながらたたずんでいた。かつてアルビオンに 潜入していた謎の女、シェフィールドである。 彼女は傍目から見たら、独り言を唱えているように見える。だが実際は違う。テレパシーとも 言うべき能力によって、ある人物と連絡を取り合っているのだ。 「ガーゴイルを用いたとしても、前に進むだけでも困難な状態です。真に申し訳ありませんが、 仰せつかった“始祖の祈祷書”の回収の任、開始できそうにありません……」 本当に心底罪悪感を抱えている様子で、シェフィールドは謝罪した。 彼女はルイズの持つ“始祖の祈祷書”を強奪する目的で再びアルビオンに現れたのだ。 しかし、行動に出ようと考えていた今日この日に、折悪しく怪獣による異常気象が発生した。 そのためにルイズを見失い、任務遂行が不可能な状態に陥ったのだった。 シェフィールドの脳内に、連絡相手の声が響く。 『それは真に残念であるな。しかし、そんな巡り合わせの悪い日もある。よい、我がミューズよ。 祈祷書の奪取は打ち切り、我が元へ帰ってくるのだ』 「い、いえ。この吹雪がやんでから、改めて虚無の担い手を捜索することは出来ます。陛下がひと言 お命じ下されば、このわたくしめが、必ずや成し遂げてご覧にいれます」 『いや、余の気分が変わったのだ。単に“秘宝”と“指輪”を集めて眺めるより、“虚無”対“虚無”の 対局を指すことにした。その方が面白そうだ。故に必要はない。それに何より……そんな寒い場所に長々と 立たせて、お前が風邪を引いたりしたら心苦しい』 相手の最後の方の言葉を聞いて、シェフィールドは顔を輝かせた。容貌に似つかわしくない、 恋をする少女の顔だった。 「あ、ありがたきお言葉です! ではすぐにあなたさまの御許に馳せ参じます……ジョゼフさま!」 シェフィールドは懐から小さな人形を取り出し、それを足元に放った。 人形は一瞬にして羽を生やした大型の魔法人形ガーゴイルに変化し、シェフィールドは その背にまたがった。シェフィールドを乗せたガーゴイルは飛び上がり、風に逆らいこの場から 飛び去っていった。 知らず知らずの内にシェフィールドに狙われていたルイズであったが、彼女は現在、行方不明の 才人を捜す旅を行っていた。自責の念から一度は自殺も考えたが、ゼロたちとの生活の中で命の 大切さを知った彼女は、自らの命を絶やすその行為が大罪であることを悟り、前を向いて生きることを 遂に発起したのだ。 そう、まだ確実に死んだとは言い切れない才人の行方を捜し出すことを決めたのだ。そのために、 自分を心配してわざわざ様子を見に来たシエスタをお供にして、馬車の旅に出た。 が、しかし、ウエストウッド村に近づいたところで、怪獣たちの猛吹雪に襲われてしまった。 馬は凍死してしまい、ルイズとシエスタは雪の真っ只中に立ち往生するという最悪の状況に 見舞われているのだった。 「うぅ、さ、寒いわ……」 ガチガチと歯を鳴らすルイズ。ありったけの防寒具を着込んでいるが、それが役に立たないほど 気温が低下しているのだ。 顔が青ざめるルイズを、シエスタが励ます。 「ミス・ヴァリエール、しっかりして下さい! 眠ってはいけません。雪の中で眠ったら 命はありません!」 「う、うん……。シエスタ、あなた体力あるのね……」 「田舎育ちですから。このぐらい、なんてことありませんわ」 と言うシエスタだが、実際にはこれは強がりであった。本当は彼女も苦しい。しかしルイズを 激励するために、平気なように振る舞っているのだった。 「この幌馬車、雪の中に埋まりかけてます。このままでは生き埋めですわ。まずは脱出しましょう」 「ええ……」 荷物を持っていく余力はない。二人は着の身着のままで馬車から外へと抜け出した。その直後に、 馬車は幌に積もった雪の重みで押し潰された。 「危ないところでしたね。でも、ここからどうすればいいか……」 さすがに困惑するシエスタ。自分たちの発った町から、もう大分距離があるところに来ているので、 そこに引き返すというのは難しすぎる。この吹雪の中では、方向が分からなくなって遭難することも 十分にあり得る。 一方でルイズは、自分たちの目の前にある森の入り口を見やった。ウエストウッドの森だ。 「確か、この森の中に村が一つあるって話を町で聞かなかったかしら?」 「え? ええ……何でも、身寄りを亡くした子供たちが寄り集まって暮らしてる小さな村があるとかないとか。 でも、人の行き来が滅多になくてほとんど忘れられたところみたいですが……」 「そういう場所にいるんだったら、今の今まで行方不明のままでもおかしくないわね。いえ、それより 今は人のいる場所へ行きましょう。このままじゃ、二人とも凍え死んでしまうわ」 「そうですね……。本当に村があることに賭けましょう!」 ルイズとシエスタは、自分たちが生き残るために森の中へと歩を進めた。 「ガオオオオオオオオ!」 「プップロオオオオオオ!」 マーゴドンとガンダー、二体の怪獣の姿が、才人たちの目にしっかりと飛び込んだ。吹雪の中で 暴風のうなりにも負けないほどの咆哮を上げる怪獣たちの様子は、まるでこちらを挑発しているかのようだった。 怪獣たちの威容を目の当たりにして、子供たちはミーニンやティファニアにしがみついて 大いに震え上がる。ティファニアは彼らを落ち着かせるのに必死だ。 「あいつらの仕業だったんだな……!」 一方で、グレンと才人はガンダーたちを強くにらみつける。この吹雪は自然の天候ではない。 奴らをどうにかしない限りは、自分たちはもちろん、ハルケギニア中の人々が助からないだろう。 しかも、ガンダーはこちらに歩み寄ってきているようであった。ウエストウッド村を踏み潰すつもりか! 「このまんまじゃやべぇぜ! 俺が怪獣を遠ざける!」 そう叫んで家から飛び出していこうとするグレンに、ティファニアが驚愕した。 「そ、そんなの危険すぎます! こんな猛吹雪の中、無謀ですよ!」 事情を知らない者から見れば、グレンの行動はそう見えるだろう。しかし彼の本当の姿は、 熱く燃えたぎる炎の戦士なのだ! 「任せてくれって! みんなはどうにか自分たちの身を守っててくれよ!」 「グレン! 俺も……!」 才人が名乗り出ようとしたが、グレンに手で制された。 「お前はここの嬢ちゃんと子供たちを守ってやってくれ」 でも、と言いかけた才人だが、続きを口に出せなかった。ウルトラマンゼロになれない 今の自分に、巨大怪獣と戦える訳がない。 戸惑っている間に、グレンは素早く玄関から飛び出ていった。 雪原に飛び出すと、グレンは早速変身を行う! 「うおおおぉぉぉぉぉッ! ファイヤァァァァァ―――――――ッ!」 燃え盛る炎の勢いで一気に巨大化し、グレンファイヤーへと変貌した! 赤き戦士が 立ちはだかったことで、ガンダーは足を止めて警戒する。 『とぁッ!』 『むんッ! ジャンファイト!』 更にはミラーナイト、ジャンボットも駆けつけ、グレンファイヤーの左右に並び立った。 『お前たちも来たのか!』 『この一大事、何もしない訳にはいきませんよ』 『今変身の出来ないサイトたちには、指一本とて手出しはさせん!』 頼れる二人の仲間の登場でグレンファイヤーの心はますます燃え上がった。 『こんな寒々しい景色、ぶっ飛ばしてやるぜ! ファイヤァァァ―――――――!』 手の平から火炎放射を飛ばすグレンファイヤー。吹雪と極低温にも負けない灼熱の炎は、 ガンダーをひるませマーゴドンをたじろがせる。 『よぉし、行くぜぇぇぇぇぇぇッ!』 敵をひるませたことで、グレンファイヤーは一気に畳みかけようと駆け出した! 雪原を踏み越え、 ガンダーに猛ラッシュを食らわせようと迫る。 だが途中で、足下の雪から赤い巨大なハサミが飛び出してきた! 『うおわぁぁぁぁッ!?』 『グレン!?』 『グレンファイヤー!』 足をはさまれて前のめりに倒れるグレンファイヤー。ミラーナイトとジャンボットは動揺する。 「グイイイイイイイイ!」 雪の中からハサミがせり出してくる。その正体は、左右で大きさの不揃いなハサミを生やした、 角ばった甲羅を持つカニとエビを足したような甲殻類型怪獣……! かつてウルトラマンダイナをギリギリまで追い詰めた恐るべき宇宙海獣、レイキュバスだ! 『くっ、こんな奴までいやがったのか!』 グレンファイヤーは足を掴むハサミを振り払うが、起き上がったところにレイキュバスが 冷凍ガスを浴びせてくる。 『ぐわあああぁぁぁぁッ!』 その攻撃に悶え苦しむグレンファイヤー。レイキュバスの冷凍ガスはウルトラ戦士の巨体も 一瞬で凍りつかせるほどの恐ろしい威力がある。たとえ炎の戦士のグレンファイヤーといえども、 ただでは済まない! 『グレンファイヤーが危ない!』 ミラーナイトが援護攻撃をしようとしたが、そこに吹雪の間から飛び出してきた、上顎から 太い牙を剥き出しにした恐竜型怪獣が襲いかかってきた。 「ギャァァァアアア!」 『むッ! はぁッ!』 反射的に喉にチョップを叩き込んで返り討ちにするミラーナイト。だが恐竜型怪獣はミラーナイトの 周囲から更に三体も現れ、口から冷凍ガスを吐き出して攻撃してくる! 「ギャァァァアアア!」 『なッ! こんなに怪獣が……うあぁぁッ!』 三方向からの攻撃にどうにも出来ずに、ミラーナイトの身体が凍りついていく。 この怪獣たちの名はシーグラ! シーグラもまた冷凍怪獣である! 『グレンファイヤー! ミラーナイト! 今助け……!』 「プップロオオオオオオ!」 劣勢に立たされる二人を救援しようとするジャンボットにも、ガンダーが襲いかかる。 宙を滑空しながらドリル状の爪でジャンボットの肩を切り裂く! 『ぐわッ! くぅッ、思うように動けん……!』 ジャンボットたちの劣勢は、数の差だけが理由ではない。極低温の猛吹雪の中という、 相手に圧倒的有利な環境でその力を十全に発揮することが出来ないからだ。 『まずは吹雪をどうにかしなければ……!』 ジャンボットは高性能センサーを働かせて、事態打開のためのデータを収集した。 その結果、吹雪の中心がマーゴドンであることが判明。マーゴドンを叩けば、状況は好転するに違いない! 『よし! ジャンミサイル発射ッ!』 そうと分かったジャンボットの行動は早かった。ミサイルを一斉に飛ばし、マーゴドンへと炸裂させる! その爆発と熱でマーゴドンにダメージを与えるはず……。 「ガオオオオオオオオ!」 しかしミサイルの爆発はマーゴドンの身体に吸い込まれていき、火花は瞬く間に消え去ってしまった! 『な、何だと!?』 マーゴドンの冷凍能力は数々の怪獣の中でも頂点に君臨するレベル。あらゆるエネルギーは 絶対零度の肉体に吸収され、ゼロにされてしまうのだ! マーゴドンに爆撃は効かない! 『くッ、どうすれば……ぐわぁぁぁッ!』 「プップロオオオオオオ!」 ジャンボットが逆転の一手を考えつく前に、ガンダーが冷凍ブレスを食らわせた上に張り倒した。 横転したジャンボットは回路が凍りついて、立てなくなってしまった! ゼロのいないウルティメイトフォースゼロは、冷凍怪獣軍団の前に絶体絶命の窮地に追いやられた! 「み、みんなが危ない……!」 三人のピンチを、才人も目の当たりにしていた。焦燥を覚える才人だが、彼らを助ける方法は 何も思い浮かばない。何せ、頼みの綱のゼロは未だに覚醒していないのだ。 (くそぉッ……! どんなに訓練したって、人間の身じゃいざという時に何の役にも立たない……! やっぱり、俺に出来ることなんて何もないのか……!?) 激しい無力感に打ちのめされ、目の前が真っ暗になりそうな才人。 だが、ふと倒れているジャンボットの姿が目に入る。 その時、才人に電流が走った! (そ、そうだ! これが上手く行けば……!) 才人の脳内に、逆転の手段が浮かび上がったのだ! しかしそれを実行するのには、大変な危険がある。果たして自分に、その危険を突破する 力があるのか……。ほとんど無謀な行為なのだ……。 悩んでいたら、後ろの子供たちとティファニアの声が耳に入った。 「テファお姉ちゃん……眠い……」 「ね、寝ちゃ駄目よ! 気をしっかり持って! お願いだからッ!」 子供たちの体力は限界のようだ。 それを知った時、才人は決心した! (力があるのかとか、危険がどうとか、そんなことじゃない! あの子たちの命が消えかかってる! それを救わなくちゃいけない! そうしなきゃ、俺は本当に駄目な人間になる!) 瞳に光を灯し、デルフリンガーを背負ってマントを勢いよく羽織った! (俺は男だ! 人間だ! どんな敵が立ちはだかろうと――勇気を胸に、立ち向かってみせるッ!) 玄関の扉に手をかける才人に、ティファニアが慌てて呼びかけた。 「サイト、何をするの!?」 「行ってくる。今みんなを救うことが出来るのは、俺しかいないんだ」 「む、無理よ! 死にに行くようなものだわ! お願い、やめて!」 必死に制止するティファニア。だが才人の心は、もう変わらないのだ。 「無理なことなんてない! 俺は、諦めない! 不可能を可能にするッ!」 そして一気呵成に吹雪の中へ飛び出していった! 「サイトぉぉぉぉぉ―――――――――――!」 ティファニアの絶叫を背にして、才人は吹雪に逆らい駆けていく。暴風は彼を枝きれのように 吹き飛ばそうと襲い来るが、才人の身体は前へ前へと進んでいく。 (こんな逆風の中で、身体が動く……! グレンに鍛えてもらったからだ! グレン、ありがとう!) 己の肉体が逆風に負けないことを、グレンファイヤーの課した特訓の成果だと才人は考えた。 しかしそれだけが理由ではない。 今の才人の心の中に、雪と氷に負けない熱い勇気と使命感が燃えているからだ! 「くッ……けれど、さすがに目を開けてるのは難しいな……!」 足は動いても、目に雪が入ってくるのは防ぎ難い。才人が視界の確保に苦しんでいると、 背にしているデルフリンガーが呼びかけた。 「相棒、俺がジャンボットまでの方角を指示してやらあ。俺には目ン玉がないからな、雪は関係ねえのよ」 「そうか! ありがとう、デルフ!」 「こんくらいのこと、礼を言われるまでもねえぜ」 デルフリンガーのお陰で、方向を見失うことはない。才人は感謝するとともに、デルフリンガーが 一緒にいてくれることでもっと勇気をたぎらせた。 (俺は一人じゃない……! 一人じゃないなら、何だってやれる気分だ!) だが、雪中を突き進む才人にガンダーが容赦なく襲いかかってきた! 「プップロオオオオオオ!」 「相棒危ねえ! 伏せろッ!」 デルフリンガーの指示でその場に身をかがめる才人。ガンダーがその上スレスレを通り過ぎていく。 『サイト!?』 『くそッ、あの野郎サイトを……!』 ミラーナイトとグレンファイヤーは、才人が外に出ていることに驚き、彼を狙うガンダーをにらみつけた。 しかしレイキュバス、シーグラの猛攻をしのぐのに手いっぱいで、彼を助けに行くことは出来ない。 「プップロオオオオオオ!」 着地したガンダーはなおも才人をつけ狙う。 巨大怪獣に狙われ、追われる恐怖。それは生身の人間には耐えられないほどの、大きすぎる恐怖だ。 心臓が張り裂けてもおかしくないような。 しかし才人は立ち止まらない! 「相棒、走り続けろ! ジャンボットのとこまでたどりつけりゃあ勝ちだ!」 「言われるまでもないぜ!」 才人の勇気は、巨大な恐怖を打ち払うほどに強くなっているのだ! そして才人は走る。執拗に追ってくるガンダーが振り下ろす爪を、吐き出す冷凍ブレスをギリギリの ところでかわし続けながら。一歩間違ったら即あの世行きの、あまりにも危ない橋。その上を駆け抜けていく。 苦しくない訳がない。無理のある回避行動を取りながら前に進むので、脚はパンパン、筋繊維は悲鳴を上げる。 心臓は物理的に破れそうだ。だがその苦しみを、腹にくくった思い一つで抑えつける。 「負けるか……! 人間はッ! お前たちなんかに負けなぁぁぁぁいッ!」 そうして気がついた時には――横たわったジャンボットの顔が目前にあった! 才人は即座にジャンボットに呼びかける。 「ジャンボット! 意識はあるか!?」 『サ、サイトか……!? よくここまで……』 「俺をお前のコックピットに入れてくれ! その力を……俺に貸してくれッ!」 才人の言葉が届き、ジャンボットになけなしの力が宿った。 『力を借りるのは、私の方だッ!』 転送光線が才人を包み、次の瞬間には才人の身体はジャンボットのコックピット内にあった。 「プップロオオオオオオ!」 ガンダーは才人を内部に収めたジャンボットへ詰め寄り、鋭い爪を振り上げる。このままでは、 ジャンボットはズタズタに引き裂かれておしまいだ! しかしその直前、コックピットの中央に立った才人がファイティングポーズを取り、力いっぱいに叫んだ! 「ジャァァァンッ! ファァァァァァァァァイトッ!!」 ガンダーの爪が振り下ろされる! ……その顔面に、ジャンボットの鉄拳がめり込んだ! 「プップロオオオオオオ!」 仰向けに傾き、雪の上に倒れ込むガンダー。それとは反対に、鋼鉄のボディと『心』を持った武人は身を起こした! 『うおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!』 システム再起動。回路は瞬時に正常に戻り、黄色い眼に光が灯る! 「行こう、ジャンボット! みんなを救いにッ!!」 冷凍怪獣にも消すことの出来ない勇気の炎を内にしたジャンボットが、雄々しき機体を立ち上がらせたのだ! 前ページ次ページウルトラマンゼロの使い魔
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戻る マジシャン ザ ルイズ 進む マジシャン ザ ルイズ 3章 (53)ウルザの砲台 これで何度目かとなる交錯。 空中を素早く逃げ回るワルドの進路を武具の射出で妨害し、一気にウルザがその距離を詰める。 『ハッ!』 距離が縮まると同時、裂帛の気合いとともに、二人は互いに弾幕のような無数の光条を放った。 ワルドのそれは、迎撃のため。 ウルザのそれは、ワルドの迎撃を打ち落とすため。 ウルザの呪文はワルドの呪文を残らず撃ち落としていく。それは相手の放った矢を射るが如き、針の穴を通す達人技。 迎撃が意味をなさないことを悟ったワルドも即座に後退に徹しようとするが、追随するウルザがそれを許さない。 ウルザは無造作にワルドの懐に飛び込むと、左手でに握った大剣を払う。重さと早さが乗った一撃が、ワルドを襲った。 しかしてワルドもただ者ではない。 ワルドは回避しきれないと判断すると、素早くサーベル型の杖を腰から引き抜き、ウルザの剣をいとも簡単にいなしてしまった。 そう、接近戦こそは彼本来のフィールド。 ロングレンジの戦いならともかく、ショートレンジでの戦いなら、転化前の技能が存分に生かし切れる。 追い詰められたワルドは、防戦どころか逆に剣杖にブレイドの呪文を纏わせて、ウルザに接近戦を挑んできた。 こうなってしまっては、いかに長い時を生きてきたとはいえ、所詮はアーティフィクサー。本職の戦士を相手にするのは難しい。 それが自身と同じ、定命の軛から解き放たれたものとあっては尚更に。 あっという間に攻守は逆転。 今度はワルドが攻める展開となった。 突き、払い、突き、フェイント、簡易詠唱呪文による牽制を織り込みつつ距離を詰め、間髪入れずに引き込む真空を纏わせての跳ね上げる斬撃。 立て続けに鋭い攻撃を繰り出されたウルザが、堪らず距離を離そうとするが、その動きにもぴったりとワルド追いすがる。 突き突き突き突き、刹那に四度。恐るべきプレインズウォーカーの魔力を乗せた刺突がウルザを襲う。 流石にこれは防ぎきれないと判断したウルザが、非常手段に訴える。 次の瞬間、二人がいた空間を極太の熱線が焼き払っていた。 「埒が開かんな」 そう呟いたウルザは、最初そうであったように、再びワルドとの距離を離していた。 ウルザもワルドも、共に熱線によるダメージはない。 単に仕切り直しとなっただけである。 こうして距離を詰めようとしたウルザを、ワルドが撃退して距離を離すというやりとりも、すでに何度か目となっていた。 そもそもプレインズウォーカー同士の戦いというものは、片方が消極的な戦法を取ると長期戦になりやすい。 加えて、本来ウルザは自分で戦うことを得意としないプレインズウォーカーである。 〝愚か者どもの破滅〟テヴェシュ・ザットや、〝世界最古のプレインズウォーカー〟ニコル・ボーラスといった面々のような戦闘力は持ち合わせていない。 もしも戦うならば、莫大な魔力やアーティファクトを利用して、距離を離しての戦いが本来の戦法なのだ。 一応、杖を使った格闘術もある程度身につけているが、それにしたところでファイレクシアの闘技場でジェラードに打ち負かされる程度の腕前である。 本物の勇士を相手にするには心許ない。 それでも、ウルザがワルドに接近戦を挑むのは訳がある。 それはワルドが展開し、周囲の空間に編み込まれた儀式魔法の術式陣に理由があった。 今や二人の戦闘空域の至る所に浮かぶ、一見すると無造作に漂う光の紐にしか見えないそれは、ワルドが作り出している次の攻撃のための布石だった。 捕縛か、封印か、攻撃か、防御か、巧みに偽装された術式は、一見しただけではその正体を掴みきれない。 その呪文がどのような呪文であるか、ワルドの狙いがなんなのかを突き止めるのが、ウルザにとってのワルド攻略の第一歩だった。 その為にも、ウルザにはワルドとの距離を詰めて戦う必要があった。 距離を詰めれば、儀式魔法の展開を直接その目にすることができる。そうなれば、判別は痕跡から魔法の正体を探るよりもずっと容易い。 また、距離を詰めることで、儀式魔法の正体を知られまいとするワルドが一時的に呪文の詠唱を中断するという副次的な要素もある。 だが、ウルザにとっての誤算は、ワルドの有する卓越した戦闘技術。 覚醒してからほんの数ヶ月のプレインズウォーカーとは思えないほどに、ワルドの動きは的確だった。 センスが良いというべきか、それとも昔取った杵柄とでもいうべきか。 ワルドの動きは、プレインズウォーカーの動きとしても、実に合理的であった。 相手の術を捌きながら行う攻撃のタイミングにしても、複数の呪文を操りながら相手の呼吸を乱すフェイントにしても、熟達のプレインズウォーカーに匹敵する動きなのである。 結局、ウルザはワルドの得意とする接近戦を挑まなければならず、その度に接近戦になれば有利なワルドが、結果的にウルザとの距離を離してしまう、そんな戦いが続いていた。 一方で、ワルドはウルザが焦れてきているのを感じ取っていた。 これまで六度、それがウルザが接近戦を挑んできた回数である。 その判断は間違っていない。確かに、時間をかければかけるほどに、不利になるのはウルザなのだ。 再びウルザが飛翔速度を上げてくる。 これで七度目となる接近戦を挑もうというのだ。 だが、すでにワルドは準備の殆ど終えてしまっている。 (……そろそろ頃合いか) 予定よりも準備に長く時間をかけてしまったが、ファイレクシアの英知から授かった、ウルザを倒すための秘策は下拵えが済んでいた。 あとは最後のピースを嵌めて、絵を完成させてやる段階だ。 (それでは最後の一押し、決めさせてもらおう!) ウルザの動きに合わせたように、ワルドもまた、その距離を詰めてきた。 短い時間で互いに接敵を果たすと、ウルザは杖とデルフリンガーで、ワルドはブレイドを纏わせた杖で、必殺の一撃を放った。 杖同士がぶつかり合い、弾き合う。杖を弾いた後も、デルフリンガーが追の撃となってワルドを狙うが、これは危なげもなくかわされてしまった。 そして続けざまに一合、二合、三合、ウルザとワルドは切り結ぶ。 ウルザは迎え撃つのではなく、自ら踏み込むようにして接近戦を挑んできたワルドに違和感を覚えていた。 これまではウルザが挑み、ワルドが消極的に対応するという形だったのが、ここに来て自分から前に出てきたことに引っかかりを覚えたのだ。 その意味するところは何か? ――決まっている、相手の準備が整ったのだ。 すぐさまウルザはその場を離脱するために動いた。 だが遅い。 ワルドの動きははウルザのそれより尚早く、捕らえた獲物を逃しはしない。 退きながら/追い詰めながらの一進一退。 迷い無く打ち込むワルドに、ウルザが押され始める。 そして数度目の打ち合いの末、杖と大剣を振り上げたウルザに、決定的な隙が生じた。 杖も大剣も防御にまわせ無い。胴体はがら空き、これを隙と言わず、何を隙というのか。 「終わりだ!」 ワルドが必殺の刺突を繰り出そうとした、その時だった。 ウルザの口元が、微かに動いた。 その瞬間、ワルドの背筋を這い上がる悪寒。 遅れて、その鋭敏な感覚が、自分たちに迫る膨大な熱量の発生を感じ取った。 「貴…ッ!」 見ればウルザの唇がわずかに歪んでいた。 そこで初めて、ワルドはウルザの意図を読み取った。 ウルザは、自分もろともワルドを火線で焼き払うつもりなのだ。 なんて馬鹿げた計画。しかし、『ファイレクシアの目』から受け取ったウルザに関する知識から考えれば、あり得ないとは言い切れない。 無論、気づいたワルドはその場を離れようとする。 だが、ワルドは必殺の刺突を繰り出すために、踏み込みすぎていた。 「…様ッ!」 ウルザの右手が、ワルドの右腕を掴んでいた。 ウルザが右手で握っていたはずの杖は、いつの間にやら虚空に溶けて消えている。 つまりは、最初の隙から、全ては罠だったのだ。 「経験が足りないな、子爵」 ウルザはそう呟くと、掴んだ腕をぐいと引き寄せ、ワルドの体を盾にするように、その体を密着させた。 そして、次の瞬間、怒濤の火線が正面からワルドに迫り、その視界を赤一色に染め上げた。 十分なだけの防御を備える余裕は、無い。 「あ、あああああああああああああああああああ!!」 ワルドの絶叫がこだました。 プレインズウォーカーとは。 世界の外に広がる久遠の闇、そこに繋がることで供給される無限の魔力。 老いることなく、永久の時間を約束された不死。 たとえ破壊されようとも、虚無の闇に溶け込んでいる本体を殺されない限り死ぬことはない、血を流さぬ肉体。 それらを併せ持った、超越的な生命体である。 プレインズウォーカーとウィーザードの存在は、よく象と蟻に例えられる。 象にその気がなくとも、彼が寝転べば無数の蟻が潰され、また、彼が池で水浴びをすれば、無数の蟻が溺れ死んでしまう。 無自覚のままに力をふるう、恐るべき存在。 だが、一見、無敵に見えるプレインズウォーカーも、滅ぼす方法なら無数に存在する。 それは長いドミニアの歴史の中で、どれだけのプレインズウォーカーが滅ぼされてきたかを紐解けば容易に証明できる。 如何に不老不死を約束されたプレインズウォーカーとはいえ、世界への意志表層体である肉体を破壊されればダメージとなるし、肉体を破壊されれば再構築するまでの暫くの時間は世界に関われなくなってしまう。 だが、彼らにとって真の驚異は、プレインズウォーカーの例外。 『プレインズウォーカーならば、プレインズウォーカーを葬ることが可能』ということである。 大した力も持たないプレインズウォーカーなら兎も角、強大な力を持つプレインズウォーカーともなれば、世界への端末である意志表層体への攻撃で、プレインズウォーカーとしての核に直接ダメージを与えることもできるのである。 そしてまた、その延長として、死に至らしめることもまた可能なのであった。 炭化して、パチパチと爆ぜるワルドの亡骸を特に感慨もなく空に投げ捨てる。 先ほどまで展開されていた儀式呪文の陣は消えている。 ウルザは無傷だった。 いや、正確には所々に火傷は負っていたが、負傷と呼べるような負傷は負っていない。 それもこれも、盾にしたワルドと、アーティファクト『ウルザの鎧』のおかげであった。 しかし、ワルドを葬ったウルザの顔色は優れなかった。 「……手応えがなさ過ぎる……?」 そう呟いたウルザは、右手で白い髭を撫でた。 確かに先ほどまでの戦いは激しいものだった。 だが、相手はファイレクシアの支援を受けているのだ、ウルザの予想ではもっと激しいものとなるはずだった。 「……ふむ」 ウルザが気まぐれに下を見下ろしてみると、そちらでは連合軍と、アルビオン軍とが熾烈な戦いを繰り広げいるところだった。 どうやら形勢は連合軍にとって不利な流れらしい。 これに関しては戦闘の最中に、強大なクリーチャーが召喚されたのをウルザも感じ取っていた為、別段驚くこともなかった。 その光景を見ながら、ウルザは独りごちる。 「……子爵がここまで呆気ないとなれば、計画を少々変更した上で、予備のプランを動かさねばならぬか」 今のところ、ウルザの行動計画は少々の修正を加えねばならぬ程度で、まだ大きな支障はきたしてはいない。 このまま順調に進めば、ウルザの目論見通りにことは進むことになるだろう。 そのことを思い、ウルザは小さく唇の端を上げた。 だが、それこそが油断だった。 突如として体の中心から、ズンッ、と重たい衝撃が広がった。 ゆっくりとウルザが自分の肉体を見下ろすと、自分の体の鳩尾から、見覚えのある軍杖の先が生えていた。 ――背後から、貫かれている。 そう理解したのと、声を聞いたのは同時だった。 「遍在さ。ミスタ」 背後からウルザを刺し貫いた、ワルドが言った。 風の遍在。それは実体のある分身を生み出す、風のスクウェアスペルだ。 倒したはずのワルド、そして今ウルザを貫いているワルド、風の遍在。 それらから導き出されるのは、先ほどまでウルザが戦っていたのは分身に過ぎなかったという結論である。 「今回の化かし合いは、私の勝ちのようだ」 言いながら、ワルドは深く、根本まで杖を抉り込む。 血は出ない。プレインズウォーカーは、血を流さない。 人間ならば致命傷であろう一撃を受けても、ウルザは顔を歪めるに留まった。 「愚かな。確かに無傷とは言えないが、この程度はプレインズウォーカーにとって、致命傷にはなり得ない。知らぬ訳でもあるまい」 「勿論知っている。だからこその下準備なのだよ」 ワルドがそう言った途端、先ほどまで消えていた、儀式呪文の術式である輝く紐が、再びその姿を現した。 そして、その先端がウルザを貫いたワルドの杖の先端に繋がっていた。 「ウィアド!」 ワルドがそう、儀式呪文を締めくくるキーワードを叫ぶと、周囲に縦横無尽に走っていた光の帯が、黒く変色した。 そしてそのまま、ウルザを取り囲む輪と変化して、圧縮するようにして杖の先に灯された、呪文の終端へと収束していった。 そして全ての術式が巻き取られると、ワルドの術は完成した。 最初に爆発したのは〝黒い光〟とした表現できないものだった。 それが収まったときにはもう、術の効果は発揮されていた。 目と鼻の先に灯された極小の黒点、そこから発せられる超級の重力が、ウルザを捕らえて放さなかい 現れたのは、全てを吸い込む黒い穴だった。 それは空気、魔力、音、光の別なく、どんなものでもリバイアサンのようにどん欲に飲み込んでいく。 その危険性を察したウルザは、その底の抜けた穴を消滅させようと呪文を唱えた。 だが、その呪文すらも吸い込まれてしまう。 二度三度と繰り返してみたが、結果は変わらない。 そうこうしている間にも、穴はウルザの体をも引き込み始める。 「――、―――!」 その声すらも吸い込まれてしまう。 「ハハハ、無駄なあがきだ! その『黒い穴』の前にはどのような抵抗も無意味だ! おとなしく吸い込まれ、放逐されるが良い!」 そして、その言葉を契機にしたように、指先ほどのサイズだった黒い穴は、一気に二メイルほどの大きさまで巨大化し、すっぽりとウルザを飲み込んでしまったのだった。 時間は少々遡る。 ウィンドボナ周辺、およびその上空での戦いは、泥沼化の様相を呈しつつあった。 地上から空へ、弾雨が下から上へと登っている。 先ほどまで勢いを弱めていた対空砲火が、先ほどよりも一層強くなり、空に展開した連合艦隊を攻撃しているのだ。 「〝アントワープ〟大破!」 「救助を急がせろ!」 「地上軍は何をしている!?」 「伝令だっ、伝令を飛ばせ! 地上軍に対空砲への攻撃を優先するように伝えろ!」 「くそっ、下の連中は何をやっている!?」 ブリッジから場所を移して作戦室。そこでは怒声が飛び交う中、アンリエッタが慌てる参謀達に囲まれて、きりりと口元を引き締めていた。 「対空砲火が強くなりましたね」 「は……」 その言葉に、司令官席に座ったアンリエッタの横に立つマザリーニが口を開いた。 「先ほど空にドラゴンが多数出現するのと同時に、地上でも多数の魔物が出現したのが報告されております。それに関連するのではないかと思われますが……」 マザリーニがそう言っている間も、参謀達は喧々囂々と地上軍に敵の対空攻撃を止めさせる算段を立てている。 現在トリステイン艦隊は、アルビオン艦隊を相手にしつつ無数の大型ドラゴンを相手にしている。更にそこを地上からの対空攻撃を受けている形だ。 けれど、苦しいのは空の艦隊だけではない。地上に展開した軍も、同様の状況にあるはずだった。 そんな中で、地上軍に対空砲火を止めるのを最優先させるというのは、地上軍にさらなる血を流せと命じるようなものである。 しかしそれでも、 「やってもらわねば、我々の命運は尽きてしまいますね……」 今の連合艦隊に、アルビオン艦隊、ドラゴンの群れ、対空砲、これらすべてを相手に三面作戦をとって、戦線を維持できるほどの体力はないのだ。 このままでは遠からず、連合艦隊は再編不能なほどの打撃を受けてしまうに違いない。 そうなってしまえば、地上への援護もままならない。つまり、艦隊の命運はそのまま地上軍の命運をも左右するのである。 選択肢はない、無理でもやってもらう他無いのだ。 「しかし……それでも、あのドラゴン達をもう一度呼ばれたら」 「押し切られてしまうでしょうな」 そう、アルビオン側の追加戦力として現れたドラゴン達は、それだけ戦局を塗り替えるに十分な戦力であった。 アンリエッタ達には、アルビオン側がこの後どれだけ追加戦力を投入できるかが分かっていない。 相手の総兵力が全く見えてこない状況での戦闘は、恐るべき重圧となってアンリエッタを押しつぶそうとする。 しかしそれでも (私は……強くなると決めたのだから。あのとき、決して二度と泣いて立ち止まったりしないと、誓ったのだから!) あの日の想い、あの日の言葉を嘘としないために、愛したウェールズと釣り合う王となるために、こんなところで負けるわけには、いかないのだった。 「地上に伝令を飛ばしなさい! 対空砲への攻撃を続行。その破壊を最優先にするようにっ! もたもたしているとアルビオン艦隊からの対地攻撃が雨あられと降ってきますよ、とも付け加えるように伝令に伝えてください!」 その言葉に、一瞬まごつく参謀もいたが、その場にいた多くの将兵および参謀は、アンリエッタの言葉に即座に従った。 彼女の言葉を地上へ伝えるために、慌ただしく人が動く。 ばたばたと足音が響く中、席に座ったアンリエッタだけが静かだった。 アンリエッタは美しい爪が傷つくのも気にせず、何かを考えながら右手の親指の爪を噛んだ。 「戦力が足りません……」 「………」 横に立つマザリーニが、何も聞かなかったという風に沈黙を保った。 「……奇跡などという都合がよいものが本当あるなら、今こそ出現願いたいところですね……」 マザリーニは、その言葉も聞かなかったことにした。 「報告いたします!」 慌てた様子の士官が一人、作戦室へ飛び込んできたのはそのときだった。 「どういたしました?」 喧噪の中、入り口に現れた彼に、間髪入れずにアンリエッタが問いかけた。 「はっ……」 女王自らに直接声をかけられるとは思っていなかった年若い下士官が、戸惑いながらその場に傅いた。 「形式など気遣い無用。そのまま続けて下さい。何がありましたか?」 先ほどまでの苛立った様子などおくびにも出さずに、アンリエッタが落ち着いた声色で再び聞いた。 通常、作戦室にはある程度以上の地位のある士官でなければ、立ち入りが許されていない。彼のような下士官が報告に来たということは、現場では上級士官がその場から離れられない何かが起こったということである。 そのような事態の前に、形式などに拘ってはいられなかった。 「は、それが……空に、穴が……」 「……穴?」 「はい。穴、でございます」 そしてちょうどその時、大きな音を立てながら、船体が傾いた。 この、大きくて長いものはなんですか? エレオノールからウルザへ 戻る マジシャン ザ ルイズ 進む
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何処だ、此処は? 『それ』は眼下に拡がる青い惑星の大気組成を分析しつつ、見慣れない形の大陸を凝視していた。 『それ』が僅か数分前まで見下ろしていたものとは、明らかに異なる形状の大陸。 そして頭上には、在る筈の無い『2つ目』の衛星。 有機生命体とは根本から異なるにも拘らず奇妙な類似を示す思考は、在り得ない状況の説明に理論的な根拠を求め、即刻調査を開始すべしとの結論を下す。 そして未知の推進機関を始動させ、想像を絶する推力によって惑星外周を回り―――――導かれた結論は、信じ難いものだった。 この惑星は、『地球』に非ず。 呆然と―――――ただ呆然と、眼下の青い惑星を視界に収め――――― 次に沸き起こったのは、歓喜。 予期せぬ時、予期せぬ形で転がり込んだ、予期せぬ幸運。 最大の障害と共に、目的を、配下を、全てを失った矢先に開けた、新たなる道。 これが歓喜せずにいられるものか。 やがて『それ』は紅蓮の火球となり、青い惑星の大気へと降下を開始した。 その擬似視界に、またしても―――――在り得ない、在り得る筈の無いものが映り込む。 遥か彼方の地平。 夕焼けに照らされた、紅い草原。 そのほぼ中央に刻まれた、深く長い溝。 『何か』が高速で衝突した事によって抉られた事を示す、巨大な爪跡。 既に相当の年月が経過しているのか、溝の内外は青々とした草に覆われている。 そして―――――その先に鎮座する、捻れ、潰れ、黒く焼け焦げた、歪な鉄塊。 知っている―――――『あれ』を知っているぞ。 覚えている―――――忘れるものか。 あの屈辱を―――――その滑稽さを。 知っているぞ―――――『地球人』! 嗤い声。 人には決してそうとは解らぬその声は、耳障りな電子音として中空に鳴り響く。 そして轟音と共に鉄塊の上空を横切った『それ』の視界に、非常に原始的な建築物が寄り集まった集落が移り込んだ。 更に―――――その外れに位置する、明らかに異常な文化的差異が見て取れる建築物内に安置された、またも異常な構造物の存在も。 『それ』は嗤い、呟く。 正しく『この宇宙は望みを捨てぬ者を助ける』、だ。 それは、ルイズがブラックアウトを召喚する8年前の出来事。 季節外れの冷たい風が吹く、夕暮れの紅い草原に面した小さな村での事だった。 未だ微かに白煙の燻る、サウスゴーダ、ウエストウッドの森。 一昼夜にも亘る消火活動を終えた水系統のメイジ達が、その表情に疲れを色濃く滲ませて、ロサイスへの帰路に就く。 周囲には無数の兵士達が其処彼処と騒がしく駆け回り、大地に刻まれた巨大な暴力の爪痕に対する検分に追われていた。 そんな中、1人の女性が焼き払われた森の中へと歩を進める。 彼女は森の奥深く―――――破壊が最も集中している地点へと辿り着くと地面へと屈み込み、散乱する黒く炭化した木片を手に取った。 自然には存在し得ないその造形は、何かしらの家具の破片だろうか。 元がどの様な意図を持って創造されたものかを窺い知るには、この場は余りにも閑散とし過ぎていた。 黒く焼かれた木々。 抉られた消し飛んだ大地。 鼻を突く異臭。 嘗ては子供達の笑い声と優しい旋律に満ちていたウエストウッドの森の一画は、あらゆる生命の存在を拒絶する死に支配された領域と化していた。 「此処に居たか」 彼女の背後、掛けられる声は若い男性のもの。 しかし彼女はその声に振り返る事無く、手の中の木片を見詰めている。 男もそれを気に留める様子は無く、淡々と言葉を続けた。 「此処に来たという事は、既に聞いているな?」 彼女は答えない。 「想定外だった。まさか彼女の使い魔があの様な……『化け物』だったとはな」 ふらり、と彼女は立ち上がり、男へと向き直る。 歩み寄るその姿を感情の窺えない瞳で見詰めていた男は、同じく無感動な声で言葉を紡いだ。 「これも、その使い魔の仕業らしい」 「……!」 その言葉と同時、彼女は男の襟首に掴み掛かる。 男はそれを払い除けるでもなく―――――ただ静かに、劇場に身を震わせる彼女を見据えていた。 「あいつらは……」 ここで初めて、彼女が声を発した。 絶望と、憤怒と、悲観と、憎悪が入り混じった、低く、暗い声。 そして―――――その感情は抑えられる事無く、爆発した。 「あいつらは―――――ヴァリエール達は何処だッ!」 アルビオンより帰還してからというもの、ルイズとっての日常とは現実感に乏しいものだった。 アルビオン、ロサイス近郊―――――あの森の中で、己の使い魔と銀のゴーレムが繰り広げた、想像を絶する闘い。 吹き飛ぶ木々、微動だにしないスコルポノック、血溜りに沈む友。 そして―――――彼女を殴り、昏倒せしめた、平民の少年。 暴行を受け意識を失った彼女が次に目覚めた時、其処は既に見慣れた学院の自室だった。 現状を把握出来ずに戸惑う彼女の前に現れたのは、何時だったかギーシュが絡んでいたメイドの少女。 意識が戻ったのか、身体に違和感は、記憶ははっきりしているか、と詰め寄る彼女を宥めて、ミスタ・コルベールを呼んできてくれないかと頼めば、数分後にはその人物が室内に佇んでいた。 同じ様にルイズの身体を気遣う質問の後、彼は事の仔細を語り始めた。 彼が言うには、フーケ討伐の際を再現するかの様にブラックアウトが中庭へと飛来。 その機体下部に吊り下げられた物体が『地球』のものであると看破したコルベールが、直々に彼女等を出迎えたのだという。 しかし、機体から恐る恐る降りてきたのは10を超える人数の子供、そして見慣れぬ少年少女。 少年は明らかに右腕を骨折しており、更に全身が血に染まっている。 少女は見慣れぬ服装だったが、その胸部もまた喉下からの出血により朱が滲んでいた。 更に、デルフの声に従い機内へと踏み入れば、其処にはルイズを含め、意識の無い4人の生徒達の姿。 またもや学院は上を下への大騒ぎとなり、4人は水のメイジによる集中治療を経て自室へと移されたのだという。 それが3日前。 ルイズはこうして目覚めたが、残る3人は未だに意識が戻らないのだという。 コルベールが言うには、3人は身体の各所を高威力の、恐らくは『地球製』の銃弾によって射抜かれており、一時は生死の境を彷徨った程の重傷を負っていたとの事。 それでも今は持ち直し、後は意識の回復を待つばかりだという。 その言葉に安堵し、ルイズはあの2人―――――平民の少年と、ハーフエルフの少女について訊ねた。 彼等はどうなった、此処に居るのか、安全は保障されているのか? コルベールは最後の言葉に意外そうな表情を浮かべたが、心配は要らない、2人とも学院が保護していると返答。 後は自分達に任せ、もう少し休みなさいとだけ言って、部屋を辞した。 そうなれば、ルイズも再び襲い来る睡魔に負け――――― そういえば、デルフの声を聴かないな。 そんな疑問を脳裏に浮かべながら、安らかな眠りへと墜ちていった。 「よう」 再び目覚めた時、彼女は枕元に立った小柄なメカノイドに見下ろされていた。 常人ならば驚き、肝を潰す光景であろうが、ルイズにとっては何よりも安心を齎す存在。 安堵こそすれ驚愕などする筈も無い。 「……おはよう、デルフ」 「おはよう、っつーにはちょいと遅いな。今は夜中だ」 その言葉に意識を覚醒させれば、成る程、窓からは月明かり。 これだけ明るければ十分だろうと、ルイズはランプを灯す事も無くベッドの上でデルフへと向き直る。 蒼い月明かりに照らされた少女とメカノイドの姿は何処か幻想的ですらあり、同時に鋼の様な冷たさをも併せ持っていた。 しかし2人―――――1人と1体の間に流れる空気は、穏やか且つ緩やかなもの。 暫し静謐のままに時は過ぎる。 「……状況は?」 不意に紡がれた二言目に、デルフが低く笑いを洩らす。 むっ、と眉を寄せるルイズに、デルフはひらひらと手を振り、答えた。 「段々と『らしく』なってきたな、ルイズ。それでこそ俺達の主だ。順応してきた、ってとこかな」 「何の事よ」 ふん、と鼻を鳴らしてデルフを睨むルイズ。 対してデルフは、打って変わって何処か真剣な声で彼女を諭す。 「此処で余計な会話から始める様じゃ、まだまだだって事だ。お喋りは状況確認の後でも出来るんだからな」 そう言ってまた、くく、と笑いを洩らすデルフに、ルイズは照れ隠しの様に咳払いをすると報告を求めた。 「私が寝ている間に何が在ったのか、報告しなさい」 「了解」 デルフの報告は簡潔で、且つ驚くべきものだった。 王党派の乗り込んだ『ビクトリー』号は無事にラ・ロシェールへと入港。 予め待機していたアンリエッタ王女からの使いの者により、王宮への取り次ぎに成功したという。 亡命という扱いになるとの事だが、その辺りは王宮の問題なので省略。 本来の目的であった『手紙』がレコン・キスタの手に渡ったか否かは不明だが、恐らくはブラックアウトの攻撃によって焼失した可能性が高いとの事で一時保留。 王女はウェールズの生存を喜び、同時に意識の戻らぬルイズを心底案じている様子だったとの事。 と、此処で、ルイズが報告を続けるデルフの声に割り入った。 「何でそんなに詳しいのよ」 「俺も話の席に居たからだ」 聞けば先日、デルフはオスマンに掛け合い、共に王宮を訪ねて報告を行ったのだという。 変形する事を王女に明かしたのかと問えば、既に彼女はウェールズから直々にデルフ、ブラックアウトについて聞かされていたとの事だった。 どうにもウェールズは、デルフやブラックアウトを危険視しているらしい。 王女に余計な事を吹き込まなければ良いのだが。 「覚悟しとけよ。下手すりゃお前さん、あの姫さんの都合の良い『兵器』扱いされるぜ」 「そんな事……無いとは言い切れないわね」 溜息を吐くルイズ。 感情や過去の記憶に惑わされる事無く冷静に判断するその姿に、デルフのプロセッサに満足感を表す信号が走る。 無論、そんな事は露知らず、ルイズは続きを促した。 「続けなさい」 「はいよ」 デルフはその言葉に従い、報告を再開する。 王女、そしてウェールズ、ジェームズ1世は、最早レコン・キスタとの開戦は避けられぬと判断。 手紙が焼失したのならば、予定通りゲルマニア皇帝との婚儀を執り行うとの結論に達した。 無論、其処には苦悩と葛藤が渦巻いていただろうが、其処はデルフにとって感心事足り得ない。 ルイズにしても、納得のいかない事ではあるが、取り立てて今口にするべき事ではないとの認識が在った。 「で、此処からが本題だ」 「……あの2人の事ね」 「それとあの『お友達』の事だ」 此処からの報告は、更なる驚愕と混乱をルイズへと齎した。 先ず、あの戦闘だが……仕掛けたのは、此方からだったとの事。 ブラックアウトが『ミサイル』とやらを発射、それをあの銀のゴーレムが撃ち落としたのだそうだ。 あの爆発は敵の攻撃ではなく、射出されたミサイルが迎撃された際に起こった爆発だという。 何故、勝手に攻撃したのかと問えば、それについては後ほど話す、とはぐらかされた。 驚いたのは、あの平民の少年についての報告だった。 彼は何と『地球』の住人であり、あのハーフエルフの少女に使い魔として召喚された存在だというのだ。 これにはルイズも心底から驚愕し、しかし同時に納得した。 あの少年の振る舞いと言動―――――デルフから聞かされた『地球』の体制からすれば、ハーフエルフを迫害する者も、暴虐に映る貴族の振る舞いも、両者共に嫌悪の対象だろう。 聞けばあの少女、アルビオン王家の関係者らしい。 父親がエルフの妾を囲っている事が発覚し、家族、従者諸共に皆殺しにされたのだという。 怨んで当然だ。 それを守護する使い魔なら尚の事、貴族というだけで十分に排除の対象となり得る――――― 「……随分冷静だな、ルイズ」 「……まぁ、ね。仕方無いわよ、非はこっちに在るんだし……それに『地球』にはもう、貴族なんて特権階級は無いに等しいんでしょう? なら、軽蔑されるのも仕方な―――――」 と、ルイズはある事に気付き、デルフへと疑問を投げ掛けた。 「ねぇ、デルフ。アンタ、私の事、名前で―――――」 「んで、だ。2人は学院の方で……」 唐突に、デルフは報告を再開。 ルイズは質問を遮られた事にむくれたものの、直にそれがデルフなりの照れ隠しなのだと悟り、悪戯っぽい笑みを浮かべる。 デルフは相変わらず報告を続けていたが、もしその顔に表情というものが在れば赤面していたのかもしれない。 楽しげに先を促すルイズを前に殊更、無機質さを心掛けて音声を紡ぐ。 2人は学院側が保護する事で決まった。 ジェームズ1世は、即刻処刑すべし、と主張したが、デルフの『説得』により学院にて監視するとの名目で保護が決定したと言う。 「『説得』って、何言ったのよ」 「事実を言っただけだ。『今あの2人を殺せば、あの銀のゴーレムが黙っちゃいない。相棒も損傷が激しく、それを撃退出来る可能性は低い。運良く撃破出来たとして、その頃にはトリスタニアの人口は半分以下になってるだろう』ってな」 「……それは脅迫っていうのよ」 2人は教員棟の一室に住む事となり、彼等と共に暮らしていた孤児達に関しては、王都の孤児院に預けられる事となった。 ジェームズ1世はいずれ、その子供達を人質に2人を処刑するつもりだったのだろうが、それは叶わないとデルフは言う。 この件に関しては、ウェールズに入れ込んでいる為に王女は当てにならないが、先ずオスマンが黙ってはいないだろうとの事。 彼の手は長い。 王都の子供達に何か在れば、それは即座にあの2人とゴーレムに知れ渡る。 その際に何が起ころうとも、こっちは責任を持たない……という様な事を暗に仄めかすと、ジェームズ1世は口を閉じたという。 そのジェームズ1世の頭の固さ、思想に若干の嫌悪を抱きつつ、ルイズは内心、良い気味だ、とほくそ笑んだ。 一方、デルフはといえば何処までも現実的で、折角の手駒を失う訳にはいかないと、彼の王を嘲笑うかの様に言い捨てる。 「手駒?」 「ああ」 「どうして? ブラックアウトにとっては敵なんでしょう?」 「味方になれとは言ってない。交換条件だ。俺達はあいつらを護り、更にその為に必要な『手段』を与える。あいつらはお前と、お前のダチを護る。悪くない話だろ」 「『手段』?」 首を傾げれば、デルフは何でもない事の様に返した。 「『銃』だ。同郷のモンだし、問題は無ぇだろ」 驚愕し、然る後に納得した。 成程、あれだけの力を持つ兵器だ。 それを使えるとなれば、例えメイジであっても敵ではないだろう。 詠唱を行っている間に仕留められる。 だが…… 「それって、弾切れになるまでの関係じゃないの?」 「お前、相棒がどうやって弾薬を補給してるか忘れたのか」 「あ……」 そうだった。 ブラックアウトやスコルポノックは、消費した弾薬を自己生成しているのだ。 ならばあれらの銃の弾薬を生成する事も不可能ではあるまい。 「でも、それならあのゴーレムにも出来るんじゃ……」 「だとしても逃げられはしねぇさ。王都のガキどもが居る。ジェームズは人質としての活用を諦めた様だが、こっちは精々利用させて貰うさ」 「……ホンっと悪どいわね」 「要領が良いと言ってくれ……で、あの『お友達』だがな」 デルフの話では、あのゴーレムはブラックアウトの同類らしい。 同じ要因、同じ過程で誕生した存在でありながら、その起源を異にする永遠の敵対的存在、その一員。 名は『ジャズ』。 幾度も映像で見た、『地球』の主要な乗り物である『自動車』に変形するとの事。 「一度に乗れるのは2人までだが、速度はなかなかのモンだ。少なくとも、陸上を走るモンでアレに追い付ける奴ぁ居ねえ。流石―――――」 「デルフ」 唐突に、ルイズがデルフの言葉を遮る。 彼女はその目に殊更真剣な色を浮かべ、目前のメカノイドを見据えていた。 「……何だ」 「教えて頂戴。ブラックアウトは……スコルポノックは、あのゴーレムは……一体何者なの?」 部屋に沈黙が降りる。 真っ直ぐに自身を見据えるルイズを見返し、次にデルフは窓の外へと視線を向けた。 其処に座するは、月明かりに蒼く照らされた巨大なペイヴ・ロウと、シルバーの塗装が輝くソルスティス。 正面から向かい合い、互いに軸をずらして最大限に距離を置いた位置に着いている。 決して『敵』から注意を離さず、互いを監視し合うポジション。 しかし間違い無く、彼等はルイズとデルフの会話をモニタしている事だろう。 それでも、何ら通信が入らないという事は――――― 「良いだろ―――――」 「もう寝るわ、デルフ」 またもや唐突に―――――そして一方的に、ルイズは会話を切り上げた。 心底驚いているのか、はたまた呆れているのか、デルフは呆然とルイズを見詰めたまま、シーツに包まる彼女を止めようともしない。 それでも、何とか言葉を発しようと試み――――― 「デルフ」 ―――――しかし、それは先手を打たれる事によって頓挫した。 ぴたり、と伸ばし掛けた腕を止め、シーツに包まり背を向けて横になったルイズを凝視する。 「キュルケ達は、目覚めた?」 その会話の切り替えを訝しく思いながらも、デルフは答えを返した。 「……ギーシュと青い髪の嬢ちゃんは起きたが、あの嬢ちゃんはまだだ。出血が酷かったからな。一時は本当に危なかった」 それだけ聞くとルイズは寝返りを打ち、デルフへと向き直る。 そして、言った。 「なら、今はまだいいわ。貴方がそれを語るのは、全員が揃ってから。その時こそ、全部話して貰うわよ」 おやすみ、と言い残し、ルイズはすぐさま寝息を立て始める。 デルフは暫く、その寝顔を呆然と見詰め――――― 「……おやすみ」 やがて一度、優しくその髪を撫ぜると、瞬時に剣へと変形し部屋を飾る置物と化した。 そして、更に3日後―――――即ち、現在。 「……」 「……」 ルイズ、キュルケ、タバサ、ギーシュの4人とデルフは教員棟の一室、1人の『地球人』と1人のハーフエルフに割り当てられた部屋に居た。 室内には張り詰めた空気が漂い、ルイズを除く3人の手には杖が、ハーフエルフ―――――テファに寄り添う『地球人』―――――才人の手にはStG44が握られている。 正に一触即発の空気の中、部屋の中央に置かれたテーブルの上に、デルフが1冊の古惚けた本と2つの指輪を置いた。 「自己紹介は―――――必要無ぇか。ま、いいや。聞こえてるよな、相棒、ジャズ?」 6人の耳には何も聞こえなかったが、確かに返答が在ったらしい。 デルフは何処かに向けていた視線を本へと戻し、語り始める。 「先ず、確認だが……ジャズはお前さんの召喚の際に、付近に現れた。本人が言うには記憶が無い―――――これは間違い無いよな?」 才人とテファは無言のままに頷き、ルイズ達は首を傾げた。 「ヘリも車も『地球』のもの、しかし人型になるモン何ぞ存在しない―――――少なくとも現時点では。そうだな?」 その言葉に、弾かれる様に皆がデルフ、そして才人を注視する。 そして5対の視線に晒される中、才人はゆっくりと、だがはっきりと頷いた。 「……どういう事?」 「彼等は……『地球』の兵器ではないのかい?」 俄かに色めき立つギーシュ、キュルケ。 ルイズは口に手を添えて思案に沈み、タバサは無言。 テファは驚きを隠そうともせず、隣の席に腰掛ける才人を見遣っていた。 そんな中、才人が口を開く。 「逆にこっちが訊きたいぜ。お前等は何なんだ? ジャズはともかく、いきなり攻撃してきたあのヘリといいテメェといい、一体何者なんだ」 「宇宙人」 即座に返された答えに、才人は音を立てて立ち上がる。 はっとした様に杖を握り直すキュルケらを制止し、デルフは静かに語り掛けた。 「落ち着け、『使い手』」 「こないだといい今日といい……『使い手』ってのは何の事だ。大体『宇宙人』だと? ふざけるのも大概に―――――」 「ふざけてなんかいない」 才人の言葉は、デルフの硬質な音声に遮られる。 思わず小柄なメカノイドを見遣れば、それは卓上の本に手を置いたまま、才人を真っ直ぐに見据えていた。 「……」 「お前さん方は炭素原子を基本骨格とする有機生命体、俺達は異なる原子からなる無機生命体。お前さんは『地球』で、嬢ちゃん達はこのハルケギニアで発生した。そして、相棒達は―――――」 デルフは一旦間を置き、答えた。 「『セイバートロン』で」 誰もが顔を上げ、呆然とデルフを見詰める。 その視線の先で、メカノイドは始まりの惑星、その記憶を語り始めた。 「『セイバートロン』には、起源を異にする2つの勢力が在った―――――」 1時間後―――――疲れた様な表情を浮かべる面々を前に、デルフは古惚けた本を掲げてみせた。 「『始祖の祈祷書』」 その言葉に、弾かれる様にして視線を集中させる面々を無視し、デルフは卓上の2つの指輪を指す。 そして指輪の正体に気付いたのか、ルイズが声を洩らした。 同時にテファもまた、その一方を見て口元に手を遣る。 「あ……」 「『風のルビー』、『水のルビー』」 一心にそれらの国宝を見詰めだす6人。 デルフは続いて、ルイズとテファに指輪を嵌めるように指示した。 「いいの?」 「元々その為に借りてきたんだ。いいから嵌めろ」 そして2人が指輪を嵌めた事を確認し、デルフは『始祖の祈祷書』を捲り、2人の眼前に翳す。 あ、という小さな声が2つ、洩れた。 「読めるか?」 何が何だか解らず、訝しげに互いと視線を交わす面々。 それにも構わず、只々一心に『始祖の祈祷書』を覗き込んでいた2人の口から、ほぼ同時に同じ句が零れた。 『序文。これより我が知りし真理をこの書に記す―――――』 全員が動きを止め、2人へと視線を向ける。 しかし当の2人はそれにも気付かないのか、淡々と言葉を紡ぎ続けた。 『―――――神が我に与えしその系統は、四の何れにも属せず。我が系統はさらなる小さき粒に干渉し―――――』 どうしたのか、何を言っているのかと口にしようと試みるが、そのどれもが声にならない。 得体の知れぬ重圧が部屋に満ち満ち、誰もが口を開けないのだ。 『―――――四にあらざれば零。零すなわちこれ《虚無》。我は神が我に与えし零を《虚無の系統》と名づけん―――――』 『《虚無》!?』 聞き捨てならない名称に、サイトを除く周囲の3人が立ち上がると同時、音を立てて『始祖の祈祷書』が閉じられる。 それと同時、ルイズとテファが我に返った。 「あ……私……?」 「『虚無』……伝説の?」 戸惑う2人。 デルフはそんな2人へと歩み寄ると、その指から『風のルビー』、『水のルビー』を抜き取る。 そして、再び『始祖の祈祷書』を開いて翳した。 「読めるか?」 その問いに、全員が開かれた頁の正面へと移動する。 しかし――――― 「……何、これ」 「白紙じゃないか……」 誰もが首を傾げ、ルイズとテファを見遣る。 2人もまた混乱し、目に手を遣ったり、額に掌を当てたりしている。 「お前ら、誰でもいい。この指輪を嵌めて、これを見てみろ」 その言葉に、才人を除く全員が代わる代わる指輪を嵌め、『始祖の祈祷書』を覗き込む。 しかし、其処に文章を見出す事が出来たのは、ルイズとテファの2人だけだった。 「どういう事……?」 ふとタバサが洩らしたその呟きに答えたのは、デルフだった。 「その書を読む事が出来るのは、『虚無』を受け継ぐ者だけだ。ルイズ―――――」 再び指輪を嵌めたルイズに、デルフは先を読み進めるように促す。 ルイズはそれに従い、何処か興奮気味に声を紡いだ。 「―――――たとえ資格なきものが指輪を嵌めても、この書は開かれぬ。選ばれし読み手は『四の系統』の指輪を嵌めよ。されば、この書は開かれん―――――」 そこで再び、書は閉じられる。 もう、誰も言葉を発しようとはしなかった。 「もう解ったろ? お前さん達は『虚無の担い手』なんだ。系統魔法が使えねぇのも、爆発が起こるのも、『虚無』が原因だ。お前さん達は『ブリミル』の意思を継ぐ者なんだよ」 呆然と―――――只管、呆然とする面々を余所に、デルフは才人へと向き直る。 「お前さんの力……あらゆる武器、兵器を使いこなす能力はな。即ち『使い手』―――――『神の左手』、『ガンダールヴ』。『神の盾』。色々呼び名は在るが―――――」 「『ガンダールヴ』だって!?」 唐突に、才人が叫ぶ。 それに対し、意外とばかりにデルフが返す。 「何だ、知ってたのか」 「テファ。確か、あの歌……」 「歌?」 聞き返すデルフに、今度はテファが恐る恐る頷く。 「……この指輪を嵌めて、王家の秘宝であるオルゴールを回した時に聴こえてきたの。随分と昔の事だけど……はっきり覚えているわ」 「そりゃ『始祖のオルゴール』だな。成程、それを聴いて忘却の魔法が使えるようになったって事か。歌の内容は?」 デルフが、その歌詞を述べるよう促す。 テファは頷き、しかし、ふと才人を、続いて他の面々とを見遣ると、歌にする事なくただ歌詞を詠み上げた。 「『神の左手』『ガンダールヴ』。勇猛果敢な『神の盾』。左に握った大剣と、右に掴んだ長槍で、導きし我を守りきる」 テファを除く全員の視線が、才人の左手に刻まれたルーンへと注がれる。 才人は右手でそれを抑え、信じられぬとばかりに目を見開いていた。 歌詞は、さらに続く。 「『神の右手』が『ヴィンダールヴ』。心優しき『神の笛』。あらゆる獣を操りて、導きし我を運ぶは陸海空」 誰もがブラックアウトを思い浮かべ、しかし直に否定する。 確かにあらゆる場所へと主を運ぶが、あらゆる獣を操る能力など持ち合わせてはいない。 そもそも、『ガンダールヴ』のルーンが歌詞の通りに左手に刻まれている事から推測するに、『ヴィンダールヴ』のルーンは右手に刻まれている筈だ。 「『神の頭脳』は『ミョズニトニルン』。知恵のかたまり『神の本』。あらゆる知恵を溜め込みて、導きし我に助言を呈す」 これも違う。 デルフを通じて齎される知識は膨大だが、ハルケギニアについては殆ど何も知らない。 これでは『ミョズニトニルン』とはまるで逆である。 そして遂に、その一節が詠み上げられる。 「そして最後にもう一体―――――記すことさえはばかれる―――――」 窓の外、快晴の空。 重々しい風切り音と共に、巨大な影が蒼穹を横切った。 ティファニアが最後の一節を詠み上げる頃。 ブラックアウトは自身の思考中枢より溢れ出る膨大なデータを処理せんと、プロセッサへの負荷を無視して状況確認を開始した。 此処は何処だ? 自分は何故此処に居る? 『オールスパーク』はどうなった? 連絡の取れなかった『スコルポノック』が何故此処に? 何故システムが起動している? 自分はカタールの生存者である『地球人』にスパークを射抜かれ、活動を停止したのではなかったか? 『バリケード』は? 『フレンジー』は? 『デバステーター』は? 『ボーンクラッシャー』は? あの忌々しい副参謀は? 『メガトロン』卿は、どうなったのだ? 気付けば、空を飛んでいた。 何処へ行くべきか、何をするべきかも解らない。 ただ、空へと舞い上がる。 その時、ブラックアウトは己のシステムに介入する、未知のプログラムの存在に気が付いた。 この惑星の原生生物によって構築されたらしき、原始的で粗悪なプログラム。 しかし如何なる原理か、それは着実に防壁を突破し、徐々に、徐々にブラックアウトの思考中枢を侵してゆく。 電子の咆哮。 巨大な金属音が、周囲の大気を揺さぶる。 怒り狂うペイヴ・ロウは気流をかき乱して転進、巨大な石造りの建造物に向かって突進を開始した。 距離60リーグ、目標『1』。 原生生物、有機生物学上分類結果『ヒト』。 未知のエネルギーを保有。 現在侵攻中の攻性プログラム発信源と断定、早急な排除が必要と判断される。 最適武装システム、多目的ミサイル。 武装選択、ロック。 発――――― 絶叫。 擬似視界の片隅、突如現れたルーンの切れ端が、視界全体を覆い尽くしてゆく。 ブラックアウトは自身のシステムが乗っ取られてゆく異常な感覚に、堪らず狂気の雄叫びを上げる。 ジャズによって破壊された正規の発声モジュールを介したものではなく、各部制御系が上げる、システムの電子的絶叫。 有機的生命体の耳には決して届く事無く、しかし確かに発せられるスパークの悲鳴。 その絶叫は徐々に小さくなり、やがて消える。 高速で学院へと突進していたペイヴ・ロウはその速度を落とし、程無くしてギアダウン、学院中庭へと着地した。 もし、普段からこの使い魔を目にしている者がこの場に居たとして、果たして『それ』に気付いただろうか。 蛇の様に蠢き、装甲の隙間へと消えてゆく、古代文字のルーン。 情報媒体という仮初めの形を取った鎖はその役目を果たし、在るべき姿へと戻る。 誰にも、自身の主にもその役目を悟られる事無く。 主の命を繋ぎ止める、唯一にして絶対の『命綱』は、ただ静かに、己が繋ぐべき『獣』の身体に捲き付いた。 ルイズ達が解散したのは、それから更に2時間ほど後の事だった。 デルフは、今はまだ『虚無』の目覚めるべき時ではない、とだけ告げ指輪を没収。 部屋へと戻るや否や、白紙の『始祖の祈祷書』をルイズに押し付け、王女の言葉を伝えた。 「ゲルマニア皇帝との婚儀で巫女を務めて欲しいそうだ。まあ、コイツを貸し出す為の大義名分なんだが。式の詔を考えておきな。そいつを持って、それを詠み上げるんだと」 未だ思考が追い付かず、曖昧に頷くルイズ。 既に限界に近い思考を持て余し、ベッドへと倒れ込もうとした、その時――――― 「ルイズ」 デルフが、剣の形態のまま、無機質に声を発した。 「……なに?」 「1つだけ言っておくぜ。よぉく考えるんだ。お前さんが、その力を振るうべき時は何時か」 そして、とデルフは一端の間を置き――――― 「最初に『消す』ものは何か。よく考えておけ」 それは、アルビオンからの帰還より7日後。 キュルケの提案により、トリステイン国内の『異物』探索が開始される4日前の事だった。
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翌日。 トリステイン魔法学院では、早朝から訓練が行われていた。 中庭で整列した生徒達が、点呼のやり方や集団行動の基本などを教えている。 その光景を、本塔の学院長室から見ているのは、オールド・オスマンとアニエスの二名であった。 「優秀な秘書がおりませんでな、仕事がたまる一方ですわい」 「秘書というと、ミス・ロングビルのことですか」 部屋の中央に置かれたテーブルを挟むようにして、六人がけのソファに座っている。 すぐ傍らには『遠見の鏡』が立てられており、そこには中庭の様子が映し出されていた。 「便利なものだな…これがあれば作戦も立てやすくなるだろうに…」 そんなアニエスの呟きに、オスマンがフォフォ、と笑った。 「何、この遠見の鏡が通用するのは、せいぜい魔法学院の敷地内だけじゃよ」 「しかし、王宮では、特にアカデミー関係の研究者からは、貴方は今も恐れられている。”トリステイン全土を見渡している”と」 「それはただの噂じゃ。少し長生きしすぎてのう……教え子達が沢山いるだけじゃ。ま、そやつらの若い頃の失敗談を、ちょいと知っているだけじゃよ」 「なるほど、それは確かに驚異だ。裏の裏まで見通されているようで、さぞかし恐れられましょう」 アニエスが唇を僅かにゆがめて、笑った。 しかし、その瞳は笑っているというより、オスマンを見定めようとしているようにも思える。 「ところで、今日は、昨日の話の続きですかな?」 軽く前屈みになって、アニエスを試すような目で見つつオスマンが切り出した。 するとアニエスは懐から一枚の羊皮紙を出し、テーブルの上に差し出す。 「これは…女王陛下の許可証じゃな。アングル地方ダングルテールの虐殺に関する調査ですか」 「そうです。オールド・オスマンならご存じでしょう。高等法院のリッシュモンが、ロマリアへ媚びを売るためダングルテール虐殺を行い、賄賂を受けておりました」 オスマンはひげを撫でて、ふぅむと呟いた。 「これによって得たロマリアとの太いパイプを利用し、マザリーニ枢機卿の裏を掻いて多額の賄賂をため込んだリッシュモンをはじめ、その関係者を逮捕するのが私の役目です」 二人の視線が交差する、アニエスは得体の知れない老人の鋭い目を見据え、オスマンは冷静を装う復讐鬼を見つめた。 「仇討ちじゃな」 「否定は致しません。ご協力願います」 「かまわんよ、理由はどうあれ、ミス・アニエス…君にはその権利があろう。協力を約束する」 「では後ほど、いくつかの資料を貴方の記憶と照合して頂きたい。私はこれより軍事教練の指導にあたらねばなりませんので」 アニエスがソファから立ち上がり、学院長質の扉に向かって歩き出す。 扉の前に立ったところで、オスマンが口を開いた。 「……ところでミス。君は此度の”総力戦”にどう思われるかね」 アニエスはその場で立ち止まると、少し間をおいてから答えた。 「戦争は避けられません。将軍閣下は非道きわまりないクロムウェルを、早急に討ち滅ぼすべしと躍起になっています」 「ワシは、君に聞いてみたいのじゃが。あくまでも君個人にじゃ。この軍事教練にしても、貴族子弟の登用にしても、あまりにも急ぎすぎではないかね?」 「戦争には男も女もありません、そして時間もありません。逃げまどう暇も無ければ立ち向かう時間もないのです。すべてに平等な死が訪れます。戦争など皆、そうでありましょう」 アニエスは振り返りもせず言い放ち、学院長室を出て行った。 「もったいないのぉ、有能ではあるんじゃが、あれでは王宮で恐れられるじゃろうて」 呟きつつ、オスマンは念力で水パイプを手元に引き寄せる。 「剃刀は、むき出しではいかん。かといって鞘に入っていてもいかん。なまくらに見せかけるのが一番じゃて」 …………遠くから声がする。 屋敷の庭園から抜け出して、外の世界を見ようとした僕を、乳母が追いかけてきた。 視界がとても低く、小さな林も迷い込んだら出られない気がした。 木漏れ日がまるでシャンデリアのようで…ああ、乳母に抱きかかえられ、揺れ動く視界の中で、鳥が飛び立ち、風が頬を撫でて…… 「うっ…あ?ここは」 子供の頃の夢から目覚めると、天井には木漏れ日ではなくシャンデリアが下がっていた。 辺りを見回すと、自分がベッドに寝かされていたのが解った。 「お目覚めでございますか。ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド様」 声の主はメイドだった、くすんだ金髪を首のあたりで切りそろえた少女で、12歳ほどにしか見えなかった。 額に乗せられた冷たいタオルもどうやら彼女がやってくれたようだが、ワルドはそれを訝しげに思った。 なぜこんな所に寝かされていたのか記憶のハッキリしない。 「石仮面様より言伝を賜っておりますが」 「…聞かせてくれ」 「『概要は自分が伝えるので、体調が回復次第王宮へ出頭し、細部を報告するように……』」 ルイズからの伝言を聞くと、ワルドは体を起こし毛布をどける。 頻繁に汗を拭き取られたのであろう、全裸の上に吸水性の高いガウンを身に纏った姿で、義手も外されていた。 窓からは夕焼けが差し込んでいる。 「私が運ばれたのは、今朝か?」 「はい」 「君の、所属と名は?」 ワルドが質問する。 「私は銃士隊の身の回りをお世話するよう、アニエス・シュヴァリエ・ド・ミラン様より賜りました、ハンナと申します。今はワルド様のお世話を石仮面様より賜っております」 「そうか。ではハンナ、ここは王宮ではないようだが、何処だ?」 「トリスタニアの、元はリッシュモンというお方の屋敷だと伺いました」 「僕がここに来た経緯は解るか」 「こちらのお屋敷は、銃士隊の方々が調査しておられました。石仮面様は明け方にこちらに現れて、ワルド様の体調が整うまで預けると……」 「わかった。すぐに僕の服と装備を持ってきてくれ」 「ですが、まだお熱が引きません…」 ハンナがワルドを留めようとする。 「君は貴族に仕えたことは無いようだな」 「えっ」 「怖がらなくていい。なあに、貴族は見栄っ張りなものなんだ。”僕はもう治った”。いいね?」 「は、はい。ただいまお持ち致します!」 ぱたぱたと小走りで部屋を出て行く、年若いメイドを見送って、ワルドはほほえんだ。 「まだまだ子供か。メイド見習いといったところか。ふふ、ウエストウッドを思い出すとはな……」 体調はだいぶ良くなっている、少し頭痛はするが、海岸にたどり着いたときとは天と地の差がある。 もうろうとした意識の中で見た、懐かしい夢のおかげか、それとも看病してくれたメイドのおかげか、ワルドは清々しさを感じていた。 更に数時間後。 場所は変わって、トリステインの王宮、大会議室。 神聖アルビオン帝国の宣戦布告の際、大臣や将軍達を一喝したアンリエッタの姿が記憶に新しいこの部屋に、トリステインの重鎮が揃っていた。 一人遅れてやってきたマザリーニが、奥の席に座るアンリエッタを見る。 アンリエッタが二人いた。 「!? ………ああ、石仮面どのですか」 「そんなに驚くことも無いじゃない」 並んで座るアンリエッタ二人のうち、一人が立ち上がり、椅子を移動させる。 クスクスと笑う二人のアンリエッタを見て、マザリーニは目を細めたが、さすがにため息はつかなかった。 会議室の座席に、秘密会議のメンバーが揃ったところで、会議が始まった。 席順は、奥にアンリエッタ。右列奥からウェールズ、ルイズ。左列奥からマザリーニ、ワルドである。 本来ならアニエスにも参加して貰うところだが、今は魔法学院で軍事教練を行っているため、この場には居ない。 マザリーニはテーブルの上に、幅2メイル以上あるアルビオンの地図を広げて、口を開いた。 「概要は石仮面から聞きましたが。ワルド子爵、細部の報告を」 「はっ」 ワルドは立ち上がると、地図を指さしながら、アルビオンに潜入して得た情報を話していった。 今はアニエスが居ないので、ルイズが身を乗り出し、書記官役をした。 報告内容は、ワルドの遍在が各地に飛んで得た情報や、マチルダの協力者から得たもの、そしてルイズが姿を変えて町中で調べたものであった。 中でも、ルイズが直接確認した兵站の情報は、アルビオンの残存戦力をはかる上で重要度が高い。 しかし報告を終えた後、マザリーニとウェールズは、どこか困ったような顔をしていた。 「枢機卿、何か気になる点でも?」 アンリエッタが問いかけると、マザリーニは恐れながら…と呟き、考えを述べた。 「この情報は戦争を早めるには有効です、しかし、現時点では何の準備も整っておりません。戦争になれば年若い貴族が功績を求め、我先にとアルビオンに上陸しようとするでしょう」 「それは、良いことなのではありませんか?」 アンリエッタが不思議そうに首をかしげた、すると今度はウェールズが口を開く。 「僕もその気概には、大いに賛成するところがある。しかし……」 ぐっ、と口を閉じて、ウェールズが何かを耐えるような表情を見せた。 それがなんだか解らず、アンリエッタはますます不思議がった。 「……自国の民を犠牲にするようだが、トリステインとゲルマニアの連合軍が確実に勝利するには、最低でもあと半年は兵糧攻めにせねばならない」 「そんな…!」 ウェールズの言葉にアンリエッタが驚く。 「ウェールズ様、ですが、ルイズ達の報告では、アルビオンの民は略奪による過酷な飢餓状態で苦しんでいるのですよ」 「それを疑ってる訳じゃない。ただ、この情報を将軍らに開示することによって、トリステインは大儀を得てしまう。 『民を苦しめる邪悪なレコン・キスタ』を討伐するという、より大きな大儀だ。それがいけない。 戦争の準備が整っていないのは、トリステインも同じ、今戦いに赴けば途方もない犠牲を生む。 アルビオンのためにトリステインが疲弊し過ぎれば、それはアンリエッタ…君を糾弾する十分な理由となって襲い来るかもしれない」 アンリエッタが息をのんだ。 「その上殿下をトリステインの傀儡にすべく、将軍らが動くでしょうな……。ウェールズ殿下がアンリエッタ女王陛下と結婚されても、ウェールズ皇太子の実権は認められぬかもしれません」 マザリーニがそう語ると、アンリエッタはがたっと椅子をならして立ち上がった。 「そんな!」 「アン、落ち着いて。これは最悪の場合よ……枢機卿、話を続けて」 ルイズがアンリエッタを落ち着かせると、マザリーニは小さく咳払いをしてから、地図を見た。 「残酷なようですが、開戦のタイミングを計らなければなりません。アルビオンの貴族から力を削ぎつつ、民がかろうじて余力を残し、反撃に出られる程度に、です」 マザリーニとウェールズ、そしてワルドによる話が続けられた。 将軍達は、トリステインで建造中の戦艦が完成次第、遠征をすべきだとしている。 しかしマザリーニ、ウェールズ、ワルドの意見は、遠征は早くても3ヶ月後にすべき…であった。 トリステインは、隣国ゲルマニアやガリアに比べて半分以下の国土だが、戦力としてのメイジの数が匹敵している。 帰属主体の国家形成が、歴史に残る優秀なメイジを輩出していた。 ところが戦艦を建造する資源と技術には、秀でていると言い難い、『レキシントン』に搭載された大砲の威力など、トリステインでは再現不可能である。 竜騎兵などの貴重な空の戦力にも、秀でているとは言い難い。 一部の突出した存在により、トリステインは他国に劣ることなく存続してきた。 だが、決して秀でているとは言えなかったのが、トリステインという国であった。 その国内で横行した貴族の腐敗は、貴族達の貴族至上主義を増長させ、結果として平民による第一次産業の低迷を招く。 それによる不満は、タルブ戦の勝利により解消されたかに見えたが、根の深さは計り知れないのであった。 アンリエッタはあることに気付き、愕然とした。 「つまり、トリステインという国は、増えすぎた貴族子弟を間引く時期に来ている…というのですか?」 「……陛下、間引く、という発言はいけません。ただ、歴史は同じ事を繰り返しているのです。 戦争は何度も行われております、小競り合い程度などと言われる者から、大戦と呼ばれるものまで様々です。 しかし、大戦と呼ばれる戦の後には、どの国も如何に疲弊から立ち直るかに苦心しておるのです、その中には汚名を被ってまで国を立て直した王もおります。 この戦争は、最小限の被害で早期に終結させ、なおかつウェールズ殿下に功績を残し主権を認めさせ、その上で民や諸侯の不満を反らすためアルビオンの利権を奪わねばならないのです。 そのために最適な機会はまだ先なのです、アルビオンという国を救う救国の女王となるか、王子にうつつを抜かした悪女と罵られるかは、時の運と言うほか無いのです。 陛下、これはもはや逃れられません……数百年前にエルフと戦い、数えきれぬ損害を出した時とは違うのです、人間が相手なのですから」 アンリエッタはしばらく顔を俯かせていたが、目を閉じたまま顔を上げ、ゆっくりと、自分の視界を確かめるように目を開いた。 「わかりました。私は女王です。自国の民を救わんとウェールズ殿下が苦しんでいるように、私も苦しみましょう。マザリーニ、軍議に私が列するのは、来週でしたわね?」 「はい、そのように承っておりますが」 「数日早めなさい、そして此度ルイズ達が持ち帰った資料を小出しにしなさい。遠征の時期を遅らせます。……これでいいのですね」 「すまない…」 しばらくの沈黙の後、ウェールズが呟いた。 それがアルビオンの民に向けての言葉なのか、それともアンリエッタへの言葉なのか… おそらく両方だろう。 「では、ルイズ、貴方に任務を与えます」 「はい」 アンリエッタがルイズを見る、ルイズはアンリエッタの姿で頭を下げた。 「魔法衛士から傭兵まで、いかなる身分を用いても構いません。影ながら魔法学院を護りなさい」 「…!」 「もし、魔法学院が襲撃されれば、取り返しのつかぬ事になりましょう。 レコン・キスタのみならず、アンドバリの指輪で操られた者達を恨み…いいえ、アルビオンの国民すべてを恨む風潮となるやもしれません。 アンドバリの指輪が今の世に存在するなど、知られてはならないのです。悪用する者が必ず出るでしょう。 私たちはあくまでも、クロムウェルが人身を操る邪法の使い手だとして葬らねばならないのです。 でなければ…この戦争は、アルビオンとトリステインの、永遠に終わらぬ確執を作ることになります」 ルイズはアンリエッタの言葉に驚いた。 「姫様、そこまでお考えに…」 「皆の知恵から借りただけですわ、ルイズ…貴方には辛いでしょうけど、魔法学院を守って。 アニエス達は将軍達から嫌われているから、きっと将軍達はアニエスのミスを望んでいるわ、そうならないために監査して欲しいのも理由の一つなの」 「…では、すぐに魔法学院に向かいますわ。引き続き陛下から賜った身分証を使わせて頂きます」 「ええ、お願いね、ルイズ」 アンリエッタが微笑む。 その表情は少し疲れを見せていたが、疲れを見せて微笑むのは、幼なじみであるルイズだからこそである。 ソレを知っているからこそ、ルイズは嬉しかった。 「僕からも、頼む。君には何から何まで、世話になる…本当にありがとう」 ウェールズの言葉は、自分の力が足りず申し訳ないと言っているようで、どこか力がない。 「私に礼を言うなんて、まだ早いわ。すべては…そうね。戦争が終わってからよ」 「そうだな。どうしても弱気が出てしまう、これじゃかえって申し訳ない」 ルイズはにやりと笑みを浮かべた。 ウェールズとアンリエッタを交互に見てから、マザリーニとワルドに視線を向けた。 「それでは…殿下と陛下におかれましては、引き続き二人で軍議を続けてくださいませ」 「「え」」 マザリーニが避難するような目をルイズに向ける。 「石仮面どの…」 「いいじゃないの、たまには。息抜きも必要よねえ、そう思わない?ワルド」 ルイズが話を振ると、ワルドはひげを撫でながら呟く。 「我が家の故事にこうある。”後は年若い二人で”…という奴かな」 二人きりの会議室で、何が行われたのか、それは十月十日後に明らかになるかも…しれない。 早朝、四時過ぎ。いまだ日は昇らず、空は暗い。 ルイズは顔立ちを変えて髪の毛を金に染め、麻のローブに身を包み、トリステイン魔法学院への道を歩いていた。 背に乗せたデルフリンガーとは、ずっと口をきいていない。 もし、メンヌヴィルが現れたら……そう考えると、どうしてもデルフリンガーが必要になる。 今まで何度もデルフリンガーに心を読まれているのに、今回ばかりはタブーを犯してしまったようで、心を読まれるのが恐ろしかった。 あるいは、心を既に読まれているかもしれないと、恐れていた。 「…早く行かなくちゃ」 そう呟いてはみるものの、魔法学院に行って、どうしていいのか解らない。 あそこにはシエスタがいる。 近くの森に隠れて、監視し続けるべきだろうか? ふと、足が止まった。 「…早く、行かなくちゃ」 そう呟いてまた歩き出す。 ワルドは会議の後、体調が完璧に回復するまで休むように言ってある。 今頃はリッシュモンの屋敷で水系統のメイジに治癒を受けているだろう。 ……そんなことを考えていると、また足が止まっていた。 「早く、行かなくちゃ」 魔法学院の上空に、一隻の小さなフリゲート艦が現れた。 甲板に立つ男は、顔に大きな火傷の痕があり、目は白く濁っている。 艦には、体温のある男が十数名、体温のない男が三名乗っている。 男は光の映らぬ眼でまっすぐに宙を見つめ、不気味に唇をゆがめた。 To Be Continued→ 前半へと戻る← 69前半< 目次 >70前半
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前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔 第77話 170キロを捕まえろ! 高速宇宙人 スラン星人 登場! 謎の宇宙人の策略により、サーカスを楽しむ才人たち一行は、サーカスのテントごと巨大な円盤に乗せられて連れ去られようとしていた。 サーカスに夢中になっている才人たちはまったく気づいておらず、このままでは知らないうちに二度と帰れない場所まで連れて行かれてしまうに違いない。 果たして敵の目的とは? 才人たちは、かつてないこの危機を脱出できるのであろうか。 円盤は上昇を続け、内部は変化がある前の状況をそのまま再現されているために誰も異変に気付くことができない。ご丁寧に、テントを通して入ってくる太陽光やテントが風で揺れる様さえ再現されていた。 サーカスの公演時間はまだまだあり、観客の興奮は収まる様子を見せない。今も、空中ブランコの芸に大きな歓声があがっていた。 「おおおお! まるで妖精の羽ばたきみたいだ」 空中ブランコの妙技に貴族からも歓声が飛ぶ。ハルケギニアでは貴族が魔法で飛べて当たり前であるから、彼らは魔法よりもすごく跳べるように技を磨いてきたのだ。 空中回転からの飛び移り、複数人同時飛び。それを目にもとまらぬ速さで縦横無尽に繰り出す芸当は、まさに魔法以上に魔法のようなきらびやかな魅力を持って観客を魅了した。 しかし悪いことに、サーカス団のそうした演技のすばらしさが逆に注意力と警戒心を薄れさせてしまっていた。 テントを飲み込んだ円盤はさらに上昇を続けるが、いまだに異変に気付いた人間は誰もいない。その様子を天井の照明の影から見ていた宇宙人は、これでこのままハルケギニアから連れ去ってしまえばこっちのものだとほくそ笑んだ。 だが、宇宙船が高度を上げてワープに入ろうとしたその瞬間だった。順調に飛行を続けていた宇宙船に、突然下方から赤い矢尻状の光弾が襲い掛かったのだ。 『ダージリングアロー!』 光の矢は円盤をかすめ、その余波で円盤は大きく揺れた。 もちろん円盤にダメージがあれば、その中に収容されているテントもそのままでは済まなかった。 「うわぁっ! なんだっ!」 突然の揺れに、サーカスに夢中になっていた彼らは椅子から放り出されて体を痛めてしまった。それと同時に、空中ブランコの途中だったサーカス団員もバランスを崩して放り出され、床にに真っ逆さまになるが、すんでのところで銃士隊員が駆け込んで抱き留めた。 「あ、ありがとうございます」 「い、いえいえ。え、ええと、ところで今度、私と夜明けのコーヒーでも……」 「はい?」 イケメンだったサーカス団員を思わず逆ナンしている銃士隊員がいるが、それでも危ないところは救われた。 だが、なんだ今のは? サーカスの趣向ではないし、地震にしては不自然だ。観客席は動揺し、慌てて出てきた団長が、お客様どうか落ち着いてくださいと呼びかけてはいるけれども、一度始まった動揺はすぐには収まらない。 そのときだった。子供たちをなだめるのに必死なティファニアの脳裏に、怒鳴りつけるような声が響いてきた。 〔気づけティファニア! 今すぐ外を確認しろ!〕 「えっ! この声、ジュリ姉さん?」 聞こえた声の主に気が付き、ティファニアはとっさに「誰か、外を見てきてください」と叫んだ。その声にはっとして、何人かがサーカステントの出入り口へと走った。 そして、この事態に驚いているのは人間たちだけではない。作戦成功を確信していた宇宙人も、異変に気がついて外部を確認して驚いた。 「ウルトラマン!? くそっ、どうしてこんなところに!」 円盤の外、そこには赤い正義の戦士、ウルトラマンジャスティスが駆けつけ、宇宙船の進路を塞ぐように対峙していたのだ。 円盤はジャスティスの光線を受けてダメージを負い、亜空間ワープができなくなっている。間一髪のところで、ジャスティスのおかげで最悪の事態は免れた。 しかし、なぜここにジャスティスが駆けつけてくることができたのか? この光景を、あのコウモリ姿の宇宙人が遠くから見ながら笑っていた。 「おやおや、あと一息というところで”偶然”ウルトラマンがやってくるとは不運ですねぇ。では、あなたの実力を拝見させていただきましょうか。この窮地を切り抜けられるなら、本当になんでも持って行っていいですよ。フフフ」 陰湿な笑い声が流れ、事態は終局から一気に混迷へと崩れ落ちていく。 ジャスティスは円盤の中にティファニアたちがいることをわかっており、円盤を完全に破壊しないように地上に下ろそうと近づいていく。 しかし、円盤も無抵抗ではおらず、下部からビームを放って反撃してきた。 「シュワッ!」 ジャスティスはビームをかわし、円盤の死角に回り込みながら再接近をはかる。もちろん円盤もそうはさせじと旋回して、背後を取り合うドッグファイトの様相を見せてきた。 一方、内部の人間たちも自分たちの置かれた状況の異常さに気づいてきた。 「なんだこの壁! 外に出られないぞ」 いつの間にかテントの出入り口の外に金属の壁が現われており、出ることができなくなっていた。 一転してテントの中はパニックに陥る。人間は閉じ込められるというシチュエーションに本能的に恐怖心を抱きやすく、そうなるともう自分では歯止めが効かなくなってしまうのだ。 だが、ここには歯止めをかけられるくらいに冷静さを保てる者が複数いた。アンリエッタの「静まりなさい!」に始まり、アニエスやスカロンたちがそれぞれ周りを叱咤したりなだめたりして、パニックは最小限度で収まった。 けれど、サーカス団の団員たちはいまだ動揺していた。場慣れしていないので仕方がないが、公演の最中に訳が分からないことになり、団長も「い、いったいこれはどういうことなのでしょう」と、うろたえている。そんな団長に、スカロンは肩を握ると安心させるように告げた。 「心配しないで、これはあなたたちのせいじゃないわ。こういう奇妙なことはね、裏でイタズラしてる悪い子たちがいるの。それより、あなたの団員さんたちはみんな大丈夫なの?」 さすがに馬鹿とはいえ宇宙人を養っているスカロンはどんと落ち着いていた。そして団長もスカロンに諭されて落ち着きを取り戻すと、団員たちの無事を確かめるために全員を呼び出した。 ところが、点呼をとると一人が足りなかった。 「ケリー? 照明係のケリーはどこだ!」 団長が叫んで探すが返事はなかった。ほかの者たちも、自分の周りを見渡すがそれらしい人はいない。 照明係、ということは天井のほうか? 必然的に皆の視線が上を向く、天井辺りは照明が集中しているので下からでは見にくく、様子がよくわからない。だが、目を凝らして天井付近を見渡したとき、アニエスはそこで輝く不気味な目を見つけ、とっさに拳銃を抜いて撃ちかけた。 「何者だ!」 乾いた銃声がし、皆がアニエスのほうを見た。 いきなり何を? だが、敵の反応はそれよりもさらに早かった。撃ち出された銃弾が目標に命中するより早く、その相手の姿は瞬時に天井からステージ上へと移っていたのだ。 「フフフ……」 「う、宇宙人!?」 宇宙人の出現で場がざわめき、才人が現れた相手の姿を見てつぶやいた。そいつは非常にスマートな姿をしたヒューマノイド型宇宙人で、黒々とした体に昆虫のような顔を持ち、頭にはオレンジ色の発光体が鈍く光っている。 しかし、見たことのないタイプの宇宙人だ。才人は地球に現れた宇宙人はほぼ全て記憶しているけれど、こいつはGUYSメモリーディスプレイにも記録のない、自分にとって完全に未知の星人だった。 「お前が、おれたちを閉じ込めた犯人だな!」 「フフ、そのとおり。我々はスラン星人。よく見破ったと褒めてあげましょう。ですが、気づかないほうが幸せでしたものを。楽しい時間を過ごしながら、我々の星に連れ帰って差し上げようと思っていましたのに」 「なにっ! てことは、ここは宇宙船の中だってのか?」 「そのとおり、見たければ見せてさしあげましょうか」 慇懃無礼な言葉使いで話すスラン星人が手を振ると、床がすっと透けてガラスのようになり、皆の足元にはるかに遠くなったド・オルニエールの風景が見えてきた。 「わわっ! お、落ちちゃう!」 「みんな落ち着け、床が透明になっただけだ! スラン星人とか言ったな。てめえ何が目的だ。おれたちをさらってどうするつもりだ?」 才人がデルフリンガーを抜いて怒鳴る。それと同時に銃士隊も剣やマスケット銃を抜いてスラン星人を取り囲み、ルイズたちメイジも杖を抜く。 しかし、スラン星人は追い詰められた様子は微塵も見せず、笑いながら答えた。 「目的ですか? いえいえ、あなたたちには別に何の用もありませんよ。ただ、聞いたものでしてねぇ。あなたたちの中に、すごい力を持った人が隠れてるということを。そして、さらうのでしたら一人のところを狙うよりも、大勢をまとめてさらったほうが成功しやすいと踏んだだけです」 その言い分に、才人は「こいつらルイズの虚無の力を狙っているのか?」と思った。確かにルイズの虚無の魔法はこれまで怪獣や宇宙人に対して何度も決定的な効果をもたらしてきた。それを狙う星人が現れたとしても不思議はない。 「そうはいくか! お前らの勝手な理由のために連れて行かれてたまるもんかよ」 才人が、無意識にルイズにも刺さる台詞でたんかを切った。それと同時に、銃士隊やメイジの面々もいっせいに武器を向ける。 だが、スラン星人はこれだけの人数に囲まれても、やはり追い込まれた様子は微塵も見せずにせせら笑った。 「おやおや勇敢な方々ですねえ。それでは是非ともやってみてくださいませ」 いやらしいまでの余裕。いや、挑発か? しかし、あくまで帰さないというならこちらも是非はない。アニエスは陣形を整えた部下たちに短く命じた。 「やれ!」 抜刀した銃士隊員たちがスラン星人に殺到する。この一斉攻撃に隙はなく、誰もがこれでやったと確信した。 だが、刃が届こうとした、まさにその瞬間だった。スラン星人の姿は掻き消えるようにして消滅してしまったのである。 「消えた?」 ルイズを守りながらデルフリンガーを構えていた才人が叫んだ。 どこへ行った? その場にいた全員が気配を探り、辺りを見回す。だが、そんな努力を嘲笑うかのように、スラン星人は才人の真正面に現れたのだ。 「フッフフ」 「うっ、わあぁぁーっ!」 至近距離への前触れもない出現に、才人は狂ったように叫びながらデルフリンガーを降り下ろした。が、それもスラン星人を捉えることはできず、剣先が床を叩いただけで終わってしまった。 「また消えた!? デルフ、今の幻じゃねえよな?」 「ああ、だが目で追うだけ無駄だぜ相棒。お前たち人間の目じゃ見えなかっただろうが、あの野郎、信じられない速さで移動してやがる」 すると、その言葉を待っていたかのようにスラン星人の笑い声が響いた。 「フッフッフッ、ご名答。なかなか見る目のいい焼き串君です」 「な、や、や、焼き串だとこの野郎!」 「フフ、せいぜい時速十数キロでしか走れないあなたがたには、私は絶対に……」 すると、スラン星人は、今度は皆の目の前に次々と出現を繰り返した。 ギーシュやベアトリスの前に現れて脅かしたと思ったら、杖を振り上げた時にはすでに消えている。アンリエッタの前に現れたときにはアニエスが斬りかかったが剣は空を切り、ミシェルや銃士隊隊員たちの攻撃もかすることもできない。 何度も空振りを繰り返すばかりで、皆の息だけが上がっていく。スラン星人は再びステージ上に姿を現すと、愉快そうに笑いながら言った。 「私は絶対に、捕まらないのです」 瞬間移動にも等しいほどの高速移動、これがスラン星人の能力か! 才人は歯噛みした。剣も魔法も当たらなければなんの意味もない。しかも、テントの中に大勢で閉じ込められている状況ではルイズのエクスプロージョンでの広域破壊もできないし、なによりこうも人目があっては才人たちもティファニアも変身ができない。 スラン星人は、ノロマな人間など何百人いようと問題にはならないというふうに余裕を示し、次いで円盤の進路を邪魔し続けているジャスティスに目をやった。 「さあて、こちらはともかくそちらは問題ですね。人質がいるのでうかつに撃ち落としたりはしないでしょうが、こちらもあまり余計な時間はありません。あなたに恨みはないですが少し手荒にお帰りいただきますよ」 スラン星人がそう言うと、円盤はゆっくりと降下を始めた。もちろんジャスティスも追って降下していく。 そして円盤が地上数十メイルまで降下した時、円盤の中から巨大化したスラン星人が姿を現した。 「ググググググ……」 「シュワッ!」 互いに土煙をあげて、スラン星人とジャスティスが大地に降り立つ。 さあ、戦いの時が来た。両者は一気に距離を詰め、ジャスティスのパンチがスラン星人を狙う。 「デヤァッ!」 「グオッ!」 ジャスティスのパンチをスラン星人は手甲のようになっている腕で受け止めた。そしてそのまま手甲の先についている短剣でジャスティスの首を狙って斬りかかってくる。 「死ねっ」 だがジャスティスもスラン星人の手甲を腕で受け止め、キックで反撃して押し返す。 まずは互いに小手調べ。スラン星人は格闘戦でも戦えることを証明してみせ、ジャスティスは油断なく拳を握り締める。 「略奪に拉致、お前の行為は宇宙の正義に反している。すぐにこの星から立ち去るがいい」 「黙れ、我々の邪魔をするものは許さん!」 スラン星人はジャスティスの警告に聞く耳を持たず、腕から破壊光弾を放って攻撃をかけてきた。紫色の光弾が機関銃のように連発され、ジャスティスの周りで無数の爆発が起こる。 「ヌォッ!」 ジャスティスは光弾の乱打にさらされ、炎と煙がジャスティスを包み込む。スラン星人はその様子を見て、聞き苦しい声で笑い声をあげた。 どうやら話してわかる相手ではないようだ。ならば、是非もない。ジャスティスは、慈悲をかける価値のない悪だとスラン星人を認定した。 「セヤァッ!」 手加減を抜いたジャスティスのパンチが爆炎を破ってスラン星人に直撃する。轟音が鳴り、スラン星人の華奢な体は数十メートルは吹き飛ばされ、悠然とジャスティスは倒れたスラン星人を見下ろした。 「警告は発した。チャンスも与えた。それでもお前がそれを無視するならば、私は宇宙正義の名において、お前を倒す」 ジャスティスの宣告。そこにはもはや慈悲はなく、宇宙正義の代行者としての冷徹な姿のみがあった。 倒れたスラン星人はなおも起き上がり、憎悪を込めた眼差しで自分に死刑宣告を下したウルトラマンを睨みつけた。 「俺を倒すだと? 貴様の姿を見ていると、憎き奴を思い出す。倒されるのは貴様のほうだ!」 スラン星人は怒りのままにジャスティスに猛攻をかける。両腕の短剣を振りかざし、スマートな体をいかしてのジャンプやキックなどの格闘攻撃。それはスラン星人が決して弱い宇宙人ではないことを証明していたが、実戦経験という点ではジャスティスが圧倒的に勝っていた。 「ジュワッ!」 「ぐおあっ!」 ジャスティスの両鉄拳がスラン星人のボディに食い込む。パワーでは圧倒的にジャスティスに分があり、それだけではなく攻撃をさばくテクニックや、一撃を確実に当てる判断力、それが総合した一撃の重さは比較にもならなかった。 しかしスラン星人は、まだ負けたと思ってはいなかった。パワーで勝てないからスピードをと、さきほど宇宙船内で見せられたものよりもさらに高速で移動することによって分身を作り出し、ジャスティスの周囲を回転することで分身体でジャスティスを包囲してしまったのだ。 「くく、これを見切れるかな?」 ジャスティスの360度を完全包囲したスラン星人は、そのまま円の中心のジャスティスに向かって破壊光線を放ってきた。四方八方から放たれる光線は避けきれず、ジャスティスの体が爆発で包まれる。 「ムゥ……」 一発一発はたいした威力ではない。しかし、回避できないままで食らい続けたら危険だ。 スラン星人はこのまま一方的に勝負を決めるつもりで、分身による円運動を続けながら光線攻撃を続けている。しかし、スラン星人はジャスティスが冷静に反撃の機会を狙っていることに気づいていなかった。 光線での集中攻撃でじゅうぶん弱らせたと見たスラン星人は、一気に勝負を決めようとジャスティスの背後から手甲の短剣を振りかざしてジャスティスの首を狙った。しかし、スラン星人が「もらった!」と確信した瞬間、ジャスティスは振り向きざまに強烈なパンチをスラン星人の顔面に叩きつけたのだ。 「ぎゃあぁぁっ! な、なぜ俺の位置が」 本体にクリーンヒットを受け、スラン星人の分身もすべて消え去る。スラン星人はパンチを食らって歪められてしまった顔をかばいながら、見破られるはずがなかったと困惑するが、ジャスティスは冷たく言い捨てた。 「簡単だ。お前のような輩は必ず後ろから狙おうとする。それならば、仕掛けてくるときの一瞬の気配さえ読めれば迎撃するのはたやすい」 かつて異形生命体サンドロスと戦ったときにも、奴は闇に紛れて死角からの攻撃をかけてきた。姿をくらますのは一見有効だが、逆に言えば相手は死角から攻撃を仕掛けると宣言しているようなものだ。 大ダメージを受けたスラン星人はよろよろと立ち上がったものの、もうジャスティスに真っ向勝負をかけられる余裕はないことは明らかだった。 ジャスティスの圧倒的優勢。その光景に、宇宙船の中からも人間たちが歓声をあげていた。しかし、ジャスティスがスラン星人にとどめを刺そうとしたとき、宇宙船から鋭く静止する声が響いた。 「そこまでです! 抵抗を止めなければ、ここにいる人間たちを順に殺していきますよ!」 なんと、宇宙船の中でスラン星人が子供たちに短剣を突きかざして脅していたのだ。 その脅迫にジャスティスの動きが止まる。そして、今まさにとどめを刺されかけていたスラン星人はジャスティスに乱暴に蹴りを食らわせた。 「グワァッ!」 「ちっ、よくもやってくれやがったな。この仕返しはたっぷりさせてもらうぜぇ!」 スラン星人の手甲の剣が抵抗できないジャスティスの体を切り裂いて火花があがる。その様を見て人間たちからは悲鳴が上がり、宇宙船の中のスラン星人は愉快そうに笑った。 「いいですねぇ。やっぱりウルトラマンにはこの手がよく効きますねぇ」 スラン星人は、宇宙船の外でもう一人のスラン星人がジャスティスを痛めつけている光景を満足げに眺めた。 そう……最初からスラン星人は二人いたのだった。 大勢を人質に取られていてはジャスティスも戦えない。歴戦の戦士であるジャスティスは言わなくとも、人間たちからは「卑怯者!」との声が次々にあがるが、スラン星人は意にも介さない。 「んん~、相手の弱点を攻めるのは戦いの基本でしょう? こんなにわかりやすい弱点を持っているのが悪いんですよ」 「この腐れ外道! 許さねえ」 激高して才人が斬りかかるが、スラン星人はあっさりとかわして、また別の子供の喉笛に短剣を突き付ける。 ダメだ、スラン星人のあの速さでは子供たち全員を守り切るのは不可能だ。それに子供たちだけでなく、実質テントの中に閉じ込められている自分たち全員が人質ということになる。 「フフフ、大人しくしていなさい。我々は別にあなたたちの命などに興味はないのですからね。フフフ」 昆虫のような顔を揺らして笑うスラン星人の声が癇に障る。 だが、剣も魔法も当てられないのでは何の意味もない。才人だけでなく、ルイズも焦り始めていた。なんとか、スラン星人を捉えることができなければ自分たち全員が宇宙の果て送りだ。 才人はルイズに小声で尋ねた。 「ルイズ、お前の『テレポート』の魔法でなんとかならないのか?」 「真っ先に考えたわよ。けど、テレポートで連れ出せるのは数人が限界なの。この中に人質を残してわたしたちだけ脱出できても何の解決にもならないわ」 「なら、テレポートであいつに近づけねえか? おれが斬りかかるからさ」 「それも考えたわ。でも、あいつはアニエスの剣もかわす相手よ。テレポートで近づけても、振りかぶってそのバカ剣を振り下ろすまでの隙が必ず生まれるわ。それでも確実にあいつを仕留める自信はある?」 ルイズに言われて、才人はそこまでの自信はないと思わざるを得なかった。さすがルイズ、頭の回転はこんなときでも鈍ってはいない。 恐らくは銃士隊の皆も、水精霊騎士隊や水妖精騎士団もスラン星人を捉える方法を必死で考えているに違いない。しかし、文字通り目にも止まらぬ速さで自由に動き回る奴をどうやって捕まえればいいというのか? 最後の手段はここで変身を強行することだが、エースにしてもコスモスにしても、変身した瞬間にスラン星人は別の行動に出るだろう。いくらなんでも危険すぎる。 だが、そうしているうちにも事態はどんどん悪くなっていった。外にいるほうのスラン星人は嬉々としてジャスティスを痛めつけている。 「おらぁ!」 「ヌワァッ!」 スラン星人の蹴りが膝をついたジャスティスを吹っ飛ばした。外にいるほうのスラン星人は粗暴な性格で、まるで不良のような乱暴な攻め方を好んでジャスティスを攻め立てている。 ジャスティスは、その気になればこいつを倒す程度は苦もないのに、無抵抗でそのままやられている。カラータイマーはすでに点滅し、もう長くはないのは明らかだ。 しかし、宇宙船の中にいるほうのスラン星人は、そんな時間をかけるやり方にまどろっこしさを感じたのか、外のスラン星人を急かした。 「いつまで遊んでいるんです。無駄な時間はないんですよ。さっさとケリをつけてしまいなさい!」 「チッ、わかったよ。動くなよ、今ブッ殺してやるからな」 外のスラン星人は渋々ながら、短剣を振りかざしてジャスティスに迫った。ジャスティスは無言のままで、しかしなお動かない。 才人とルイズは、もう考えている時間はないと決意した。イチかバチか、テレポートでの逆転に賭けるしかない。 正直、勝算はかなり低い。しかし、スラン星人の速度に対抗する手段がない以上は他にない。そう、あの速度に対抗する手がない以上は……。 だが、まさにその瞬間だった。テレポートを唱えようとしていたルイズの胸がどきりと鳴り、それと同時にアンリエッタの指にはめられていた水のルビーの指輪と、そしてアンリエッタの懐の中にしまわれていた手鏡がそれぞれ共鳴するように光り出したのだ。 「きゃっ! こ、この光は?」 「じ、女王陛下! その鏡は、いったい?」 「崩壊したロマリア法王庁から我が国に寄贈された『始祖の円鏡』です。始祖ゆかりの品ということで、わたくしが使っていたのですが、これはまさか、ルイズ!」 「ええ! その鏡を、わたしに」 アンリエッタは光り輝く鏡をルイズに向けた。するとそこには、ルーン文字でルイズにははっきりと新しい呪文が記されているのが見えた。 「これなら……サイト!」 「おう、ルイズ!」 何かの確信を持ったルイズに、才人は迷わず答えた。ルイズは何かの勝機を得たのだ。だったら、おれは四の五の言わずにそれを信じるのみ。 ルイズは才人の手を取り、呪文を唱え始めた。対して、スラン星人は始祖の円鏡の光に戸惑っているようだったが、自慢の速度でなんにでも対応できるように準備していた。 「なにをする気か知りませんが、あなたたちの力で私を捉えることは絶対にできませんよ!」 「それはどうかしら? あなたはもう、わたしからは逃げられないわ。いくわよ、『加速!』」 その瞬間、才人とルイズは『テレポート』とはまったく違う形でスラン星人の眼前に現れていた。 「なっ!」 言葉にならない呻きがスラン星人から、そしてそれを見ることのできた者たちの口から洩れた。 刹那、才人のデルフリンガーがスラン星人を狙うが、スラン星人は寸前でそれをかわしてテントの別の場所に現れた。 「そ、その程度の攻撃な」 「それはどうかしら?」 再び才人とルイズの姿はスラン星人の前に現れていた。しかも今度はテレポートではあるはずの実体化からのタイムラグもなく、かわそうとするスラン星人のギリギリを刃が通り過ぎていく。 なんて速さだ。常人以上の動体視力を持つはずの銃士隊員やサーカス団の人たちも捉えられない速さで両者は移動している。いや、互角というよりは……。 「おっ、おのれぇっ!」 スラン星人は逃げた。しかし、ルイズと才人は確実にスラン星人の後を追ってくる。サーカステントの天井からステージ上、観客席とすさまじい速さで出たり消えたりを繰り返して、もうギーシュやスカロンは目を回しかけている。しかも、次第にスラン星人のほうが余裕がなくなっていくように見えるではないか。 「ば、馬鹿な。私にスピードでついてくるだと!?」 「これが虚無の魔法『加速』よ。言ったでしょ、あなたはもうわたしから逃げられないって!」 「お、おのれ、奇妙な術を使ってくれますねぇ!」 「? ……さあサイト、あの思い上がった虫頭に思い知らせてあげなさい!」 「ああ、食らえぇぇぇーっ!」 ルイズと同調した才人は、渾身の力でデルフリンガーをスラン星人に叩きつけた。 「ぐわぁぁぁーっ! ば、馬鹿なーっ!」 スラン星人に、今度こそ会心の一撃がさく裂した。しかし残念ながら致命傷には届かず、倒すにはまだ至っていない。 細身に見えて、なかなかしぶとい奴だ。『加速』の呪文が切れてステージ上に現れた才人とルイズは舌を巻いた。スラン星人はよろめきながらも、膝をつきはせずにまだ立っている。 それでも、相当な打撃を与えられたのは確かで、もうさっきまでのような速さで動き回れはしない今がチャンスだと、銃士隊はいっせいに腰に下げているマスケット銃を抜いて構えた。だがスラン星人は自分に向けられた銃口が火を噴く前に、怒りにまかせて光線を乱射してきた。 「たかが人間が、私をなめるなぁーっ!」 光線の乱射で銃士隊の隊列も吹き飛び、彼女たちの手からマスケット銃が取り落されて辺りに転がった。 が、その一瞬でメイジたちも我に返って魔法で銃士隊を守ると同時にスラン星人への反撃をおこなおうとする。手傷を負ったスラン星人はこれを避けることはできまいと思われた。だが。 「く! だが外のウルトラマンさえ片付けてしまえば、お前たちにここから逃げる手立てはないのですよ」 奴はまだ冷静さを失ってはいなかった。スラン星人は高速移動ではなく、テレポートで宇宙船の外まで逃げると、そのまま巨大化してジャスティスに襲い掛かったのだ。 「もらったァ!」 そのころジャスティスは、宇宙船の中で才人たちが反撃に出たのと同時に戦闘を再開していた。一方的になぶられ続けていたとはいえ、必ずチャンスが来ると信じて待っていたから余力はじゅうぶんに残している。スラン星人を返り討ちにすることなどは造作もなく、猛反撃をかけてスラン星人を追い込んでいた。そのジャスティスの背後から、宇宙船から飛び出してきたもう一人のスラン星人が奇襲をかけたのだ。 今はジャスティスの背中はガラ空きだ。スラン星人は短剣を降り下ろしながら勝利を確信した。だが、その刹那に輝いた青い閃光がスラン星人を吹き飛ばした。 「コスモース!」 青い光は実体化し、ウルトラマンコスモスの姿となって吹き飛ばしたスラン星人の前に立ちふさがった。そう、あの瞬間にチャンスを掴んだのは才人たちだけではない。ティファニアもジャスティスを救うために、皆の注意がスラン星人に集中した一瞬にコスモプラックを掲げていたのだ。 「だ、大丈夫ですか?」 「心配はない。それより、お前も戦うつもりなら、こいつらには情けをかける価値はないぞ。その覚悟はあるのか、ティファニア」 「は、はい。わ、わたし……」 ティファニアに厳しく問いかけるジャスティス。すると、コスモスがなだめるように間に入ってくれた。 「ティファニア、君の心はまだ命を奪う戦いを怖れている。ここは、私が引き受けよう」 「コスモス……ごめんなさい。あなたに力を貸してもらっているのに、わたし」 「謝ることはない。命を奪うことに恐れを持ち続けるのは大切なことだ。君の力を必要とする時は、いずれ必ずやってくることだろう」 ティファニアはコスモスと一体化している。しかし、戦いを好まないティファニアのために、コスモスは自分が主導権をとって戦うことを決意した。 コスモスはコロナモードにチェンジし、卑劣なスラン星人たちの前にジャスティスと共に並び立つ。 対して、スラン星人たちはもう余力がなかった。二体とも重い一撃を受けている上に、ジャスティスもダメージを受けているとはいえコスモスは万全だ。 「おおのれぇーっ!」 激高して二体のスラン星人は襲い掛かってきた。しかし格闘戦では簡単にコスモスとジャスティスに圧倒され、さらに奥の手の高速分身戦法を二体同時にかけてきたが、高速で輪を描いて包囲してくるスラン星人たちに対してコスモスとジャスティスは、まるでわかっていたかのように同時に一撃を繰り出した。 「シュワッ!」 「デヤァッ!」 二人のウルトラマンのダブルパンチが分身の幻影を破ってそれぞれ本体に炸裂する。 「バカナァ!」 たまらず吹き飛ばされるスラン星人たち。彼らは高速宇宙人としての自分たちの能力に自信を持っていたが、あいにくコスモスとジャスティスも高速戦闘は得意中の得意だ。コスモスの戦歴の中でも、目にも止まらない宇宙人との対決はいくつもあり、いまさらスラン星人の技程度で翻弄されたりはしない。 追い詰められた二人のスラン星人。その様子を、あのコウモリ姿の宇宙人は愉快そうに見つめていた。 「そろそろ危ないですね。そろそろ切り札、使います? 使っちゃいますか?」 スラン星人には、あらかじめ最悪の事態になったときのための切り札を与えてある。それを使えば、この状況をひっくり返すことも可能だろう。スラン星人がどうなろうと知ったことではないが、事態がさらに混迷化すればしびれを切らして”アイツ”が動き出すかもしれない。 そして、ついに勝機がなくなったことを認めざるを得なくなったスラン星人は、預かっていた黒い人形を取り出した。 「こ、こうなったら、これを使うしかありませんか」 まさに、黒幕の思い描いていたシナリオ通りに話は進もうとしていた。 だが、人形にかけられていた封印を解こうとしたとき、意外にも粗暴なほうのスラン星人がそれを止めてきた。 「待てよ、そいつはアイツを倒すための切り札にしようって決めたじゃねえか。ここでそいつまで失っちまったら、俺たちの本来の目的はどうする?」 「ですが、このままではやられるのを待つだけですよ。アレを手に入れることもできずに引き下がっては、どうやってアイツを倒すというのですか?」 「……俺が囮になる。お前はそいつを持って逃げろ」 「ア、アナタ……」 粗暴なほうが示した自己犠牲の覚悟に、慇懃無礼な話し方をするほうは思わず言葉を失った。 「俺がいるよりも、そいつをお前が持ってたほうが確実に強え。思えば、欲を出してアレを手に入れようなんてせずに、そいつを持ってとんずらすればよかったんだ。そして……俺が死んでも、仇をとろうなんて思わないでくれよ! じゃあな」 「ま、待ちなさい!」 止める間もなく、粗暴なほうのスラン星人は雄たけびをあげながらコスモスとジャスティスに突進していった。 「ヘヤッ!?」 「ムウッ!?」 まさかの特攻に、さしものコスモスとジャスティスもひるんだ。そして、そのわずかな隙に彼は叫んだ。 「行けえ! 行くんだクワ……うぎゃあぁぁっ!」 「ぐ、ぐぐ……あなたのことは忘れません。必ず、手向けに奴の首を約束します。トゥアッ!」 コスモスはためらったが、ジャスティスのパンチが容赦なく炸裂した。しかし、粗暴なスラン星人が作ったその一瞬のチャンスに、もうひとりのスラン星人は血を吐くような誓いの言葉を残して消えた。 しまった、逃げられた! 非道な宇宙人ではあったが、仲間意識は強かったようだ。まさか、こんな展開になるとはと、ウルトラマンや人間たちだけではなく、黒幕の宇宙人も悔しがった。なにしろせっかく与えた切り札を持ち逃げされたのである。いい面の皮どころではなかった。 しかし、仲間を逃がしはしたものの、残ったスラン星人の命運は尽きようとしていた。コスモスは、もう勝ち目がないことを告げて降参するように警告したが、彼はそれを聞き入れなかった。 「降参だぁ? てめえらみてえな赤い奴に頭下げるくらいなら死んだほうがマシなんだよぉ!」 どういうわけかスラン星人はコロナモードのコスモスとジャスティスに非常な敵愾心を持っていた。話をまるで聞く気はなく、自殺に近い攻め方をしてくるのでコスモスとジャスティスも手を抜くわけにはいかなかった。 ならば、ルナモードのフルムーンレクトで鎮静させれば……しかし、コスモスがモードチェンジしようとしたときだった。暴れまわり過ぎて、ついに限界に達したスラン星人は、よろよろとよろめくと宇宙船に寄りかかるように腰をついてしまったのだ。 「こ、この大きさを保っているのも限界かよ。だが、せめて」 すでに彼には宇宙船を叩き壊す力も残っていなかった。しかし、スラン星人は残ったわずかな力で等身大となって宇宙船の中にワープすると、まるでアンデットのような姿で人間たちの前に現れた。 「せめて、ウルトラマンどもと、あのクソったれ野郎に一泡だけでも吹かしてやる!」 悲鳴をあげる人間たちを前にして、スラン星人は最後の悪あがきを開始した。最後の力で高速移動をおこない、人間たちに次々斬りかかっていく。 「きゃあぁぁーっ!」 「うおぉぉぉ! 死ねっ、みんな死ねぇぇ!」 スラン星人も死に体とはいえ、その高速移動を人間が見切れないのは変わらない。 戦えない者たちの前に銃士隊が盾となって防いでいるものの、めちゃくちゃに振り回される短剣で血しぶきが飛び、才人はルイズに叫んだ。 「ルイズ、もう一回『加速』だ!」 「わかってるわよ!」 ルイズも焦って加速の呪文を唱えた。今、スラン星人を止められるのは自分たちしかいない。今度こそとどめを刺さなければ。 だが、加速の呪文が完成しようとした、まさにその瞬間だった。スラン星人が銃士隊の決死の肉壁を蹴散らして、ついに無防備な女子供たちの中に飛び込んでしまったのだ。 「出てこぉいバケモノぉ! てめえのせいで俺たちはぁぁーっ!」 スラン星人の短剣が孤児院の子供たちに振りかぶられる。だめだ、加速を使っても一歩間に合わない! 才人とルイズは、自分の無力さを悔やんだ。さっさと最初にスラン星人を倒していればこんなことには。 しかし、誰もがどうすることもできないとあきらめかけた、その時だった。悲鳴と怒号の響く虚空を、短く乾いた音が貫いた。 パンッ! 漫画であれば擬音でそう表現されるであろう音。それは一発の銃声……そして、スラン星人の頭部の球体に、小さな穴が開いていた。 「え、あ……ク……クワイ……がふっ」 最後に、恐らくは仲間の名をつぶやきながらスラン星人は倒れた。その目から光が消え、命の灯が消えたことを銃士隊の隊員が近寄って確認した。 けれど、周りでは誰も声を発さない。あまりにも唐突であっけない幕切れに、誰も頭が追いついていないのだ。 才人とルイズも、加速の魔法が不発に終ってあっけにとられている。ギーシュなど、杖を握ったままでぽかんと口を開けたままでおり、ほかの水精霊騎士隊も似たようなものだった。 いったい誰がスラン星人にとどめを? 正気に戻った者はスラン星人の正面……すなわち弾丸の来た方向に視線を向けた。そこにいたのは……。 「はあ。怖かったですわ」 ほっとした声とともに、拳銃が床に落ちる音が鳴る。落ちた拳銃は、さきほど銃士隊が使おうとしてばらまかれたマスケット銃の一丁で、まだ銃口から薄く煙を吐いているそれを握っていたのは……ルビアナであった。 「ル、ルビアナ!」 はっとしたギーシュとモンモランシーが震えているルビアナに駆け寄った。 「だ、大丈夫かい! 銃を撃つなんて、君の細腕でなんて無茶なことをするんだ」 「いえ、わたくしはメイジではありませんので、護身の心得として少しばかり覚えがありましたの。でも、怖かったですわ」 「怪我はない? でも、子供たちを守るためにやったのよね、ほんと見かけによらずに無茶する人ね」 「もうわたくしとティファニアさんはお友達ですから。わたくしより、子供たちに怪我がなくてよかったですわ」 優しく微笑むルビアナに、子供たちは嬉しそうに懐いていた。それに、ティファニアもコスモスから変身解除して急いで戻ってきた。 「みんな、みんな大丈夫? ルビアナさん、本当に、本当にありがとうございます!」 「礼などいりません。わたくしは、あなたとこの子たちが好きだからやっただけです。それより、怪我をされた方が大勢いますわ。早く手当をしませんと」 ルビアナが指差すと、何人かの銃士隊員が負傷して呻いていた。すでにアニエスの指示で応急手当てが始まっているものの、暴れ狂うスラン星人を身一つで止めたリスクは大きかったのだ。 ティファニアははっとすると、わたしも手当てを手伝いますと言って駆け出し、モンモランシーも、自分も治癒の魔法ならできるからと言って続いた。 ギーシュは、水精霊騎士隊の仲間に、治癒の魔法が使える者は手当てを手伝うように指示を出すと、まだ怯えた様子のルビアナの手を握った。 「無茶をする人だ。けど、ぼくは貴女ほど勇敢なレディを知りません。騎士としても、ぼくは貴女を尊敬します。それでも、あまり無理はしないでくださいね」 「ギーシュ様、やはり貴方はとてもお優しい方ですわね。貴方を好きになれたこと、わたくしはとても名誉に思います」 子供たちに囲まれ、ギーシュの手を握り返すルビアナの表情はどこまでも純粋で温かかった。 しかし、ハッピーエンドのはずなのに、才人とルイズはスラン星人の死体を見下ろしながら、あることに違和感を拭えずにいた。 「こいつら、本当に虚無の力が目当てだったのかしら……?」 スラン星人は、この中に特別ななにかを持った誰かがいるから、それを狙っていると言った。それを聞いて、てっきり虚無の力を持つルイズかティファニアを狙っているものだと思った。 しかし、奴はルイズが虚無の名前を口にした時も、まるでまったく知らなかったかのような反応を返している。この中で、ほかに宇宙人が狙うような特別な人間なんかいないはずなのに。 死んだスラン星人は何も答えず、才人とルイズはテントの中を見渡した。宇宙人の恐怖から解放されて、安堵した顔ぶれが続いている。宇宙人に狙われるような危険なものが混ざっているなど、とても信じられはしなかった。 そして、奥歯にものが挟まったような気持ち悪さを感じている者たちがもう一組いる。 銃士隊の負傷者の救護のほうもアニエスの指揮のもとで山を越えつつあった。しかし、戦死者は出なかったというのにアニエスの表情は明るくなかった。 「ミシェル、負傷者のほうはどうだ?」 「はっ、幸い軽傷ばかりで入院の必要な者はおりません。民間人のほうも、せいぜい転んで擦りむいたくらいです」 「そうか、皆よくやってくれた。女王陛下には特別手当を申請しておこう。だがそれはいいとして……ミシェル」 「はい……」 アニエスの声が重くなり、ミシェルもわかっているというふうに短く答えた。 二人の視線の先には才人たち同様に、放置されたままになっているスラン星人の死体がある。一見、なんの変哲もない屍のように見えるが、二人には共通の違和感があった。 「……見事に眉間の中央を撃ち抜いている。これが、護身術のレベルでできることなのか……?」 銃士隊の使っているマスケット銃の命中精度はお世辞にもいいものではない。一発で相手の急所を撃ち抜いて倒すなどという真似は自分たちでも難しい。 二人はさりげなくルビアナを見た。すらりとした細腕で、ナイフとフォーク以上に重いものを持ったことがないというふうな華奢な体躯。あれでは銃を撃つことすら難しそうなものだ。 偶然当たったと言えばそれまでだ。ギーシュなら、ルビアナは天才だからと言って納得してしまいそうなものだが、アニエスとミシェルはどうしても納得することができずにいた。 一方、不完全燃焼な終わり方に明確な不満を示す者もいた。そう、今回の件の付け火をした、あのコウモリ姿の宇宙人である。 「スラン星人、とんだ食わせ物でしたね。まったく、あれだけはっぱをかけてあげたというのにアレを持ち逃げしてしまうとは……あと少しで、奴を引っ張り出せたかもしれないというのに。どこかの宇宙で会ったら今度はきついお仕置きをしてあげなければいけませんね」 本当なら、ここでさらに混戦に持ち込んで目的に近づくつもりだったのに、おかげで台無しだと彼は憤っていた。その場合、このド・オルニエール一帯が焦土と化していたであろうが、そんなことは彼には関係ない。 「仕方ありせんね。過ぎたことより先のことを考えましょう。なんとか、最低限の収穫はできました。後は、これをどう利用していくか……」 彼は気を取り直して次の陰謀を巡らせ始める。その姿はいつの間にかド・オルニエールの空から消えていた。 テントの中は少しずつ落ち着きを取り戻してきている。後は外に脱出するだけだが、外でジャスティスが宇宙船の外装を引っぺがしてくれているので間もなく出られることだろう。 ともかく、大変なハプニングだった。温泉旅行の最後で、まさか宇宙人にさらわれかけるなんて誰も夢にも思わなかった。 けれど、さすがたくましいハルケギニアの人間たちは、土産話が一個増えた程度にしか思っておらず、ジェシカたちはこれ以上店を開けているとまずいわねと、すでに気にも止めていない。それに、公演を邪魔されて意気消沈しているかに見えたサーカス団の人たちも「我がパペラペッターサーカスはこれくらいじゃへこたれません!」と、団長は張り切って、まだ怯えていた子供たちを動物たちと触れ合わせて遊ばせてくれている。やはり、どん底から這い上がってきた人は強い。 ステージ上では子供たちが調教師にライオンの背中に乗せてもらったりして喜んでいる。動物たちはみな人懐っこく、子供たちにも今回の件でトラウマが残ったりはしないだろう。 なにはともあれ、重い怪我人が出なかったのが救いだ。気を張っていた者たちも、子供たちの笑い声を聞いて気を緩めつつある。 と、そんな中でのことだった。舞台の隅で、サーカスの女性団員がじっとうずくまっているのが見つかった。 「エイリャ、おいエイリャどうしたんだい? 返事をしなさい」 「……」 仲間のサーカス団員が呼びかけても、その女性団員は惚けたように宙を見つめるばかりで答えない。 どうしたものかと団員たちが戸惑っていると、そこに急いだ足取りでルビアナがやってきた。 「まあまあ探しましたよ。さあ、こっちにいらっしゃい」 すると、うずくまっていた女性団員の傍らから、幼体エレキングがぴょこりと飛び出してきてルビアナの胸の中に帰っていったではないか。 「あらあら、本当にわんぱくな子なんだから。よその人に迷惑をかけちゃダメでしょう」 ルビアナがエレキングの頭を優しくなでると、エレキングは短く鳴き声を発した。 そうすると、まるでそれが合図だったかのように、惚けていた女性団員がぼんやりと目を覚ました。 「あ、れ……あたし、どうして?」 「大丈夫ですか? ごめんなさい。この子ったら、気に入った相手を見つけると、すぐにじゃれついて行ってしまうの。許してあげてもらえるかしら」 「そう、その動物があたしにじゃれてきて……あれ? それからどうなったのかしら」 「きっと疲れがたまっていらしたのね。ゆっくり休んだら、きっとすぐ元気になりますわ。ふふ」 夢うつつな様子の女性団員はふらふらと立ち上がると、「働きすぎなのかしら……?」と、つぶやきながらテントの奥へと入っていった。 ルビアナは「お大事に」と微笑みながら見送り、抱き抱えているエレキングの頭を撫でている。エレキングはその腕の中で丸くなり、まるでぬいぐるみのようにおとなしく抱かれている。 「うふふ、可愛い子……ふふ、ふふふ……」 続く 前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔
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前ページ次ページ鷲と虚無 「……そしてあの三人は使い魔になる事に同意したと」 コルベールが呟いた。 ここは学院長室。オスマンは先ほどやってきたコルベールの応対をしていた。 コルベールがここに来た理由はただ一つ。昨日、自分が退室した後どうなったのかを知る為だ。 「うむ。と言ってもミス・ヴァリーエルが給金を出す事と、学院側が仕事を与える事が条件じゃがな」 「なぜたかが平民三人にそこまで譲歩を?おまけに彼らの内一人はあなたに暴行を加えようとしたのですぞ?」 「彼らが全くの未知の世界からやってきたのは君も解っておるじゃろう?その知識を手に入れる事が出来るのなら安い買い物だと思わんかね?」 「……ええ。それは間違いありませんな」 思った通りの答え。もし彼が自分と同じ立場でも全く同じ事をしただろう、とオスマンは思った。 このコルベールと言う男の技術や知識への貪欲さはオスマン以上、殆ど変人の域に達しているといい。 最もそのおかげで三十を過ぎても女性とは全く無縁の生活を送っているのだが。 「一つお願いがあるのですが」 「何じゃね?」 「その内彼らを呼んでいろいろと話を聞くのでしょう?その時に私も同席したいのです」 予想通りの質問だったものの、オスマンは呆れた。 「君も物好きじゃのう。下手をすれば殺されていたかもしれん連中なのに」 「それはあなたも同じではありませんか?あなたもあの男から斬りかかられたんですから」 「む……」 オスマンはあの瞬間を思い出し、冷や汗が出そうになった。 あとほんの一瞬、杖を抜くのが遅れていたら、プッロは間違いなくオスマンを殺せていただろう。 あの炎蛇のコルベールをあっさりと人質に取れた事、そしてあの踏み込みの速さ。 あの二人が相当な手錬である事は明らかだ。恐らくはメイジ殺しに匹敵する力を持っている。 少なくとも10メイル以上の距離が無い限り、二度とあんな連中とは戦いたくないと言うのがオスマンの本音だった。 「あれは元々が事故の様なものですからそれ程は気にしていません。何はともあれ、怪我をする事も無かったのですから。そんな瑣末な事よりは、未知の国の知識の方にずっと興味があります。あなたもそうなのでしょう?」 確かにその通りだ、とオスマンは思う。彼は今、年甲斐も無く興奮している。 もう自分でも定かではないほどの長い時を生き、もはや自分を驚かせる物など何も無い。そう思っていたらこんな事件が起こった。 誰も聞いた事の無い、未知な世界の人間と話せるとは、何と言う幸運なのだろう! オスマンは神と始祖に感謝せざるを得なかった。しかも彼らは魔法と言う物を全く知らないらしい。魔法が存在しない世界。 そんな物がどうやって成り立つのか、産業や生産の大部分を魔法に頼っている世界の住人であるオスマンには想像もつかない。 風習、技術、文化、宗教、政治、軍事、経済。彼の頭の中の疑問はどんどん増えていく。 しかもあの三人ならばあの男の正体について何か解るかも―― その時、ドアがノックされた。 「ミス・ロングビルかね?一体どうしたんじゃ?」 ドアが開き、ロングビルが豊かな緑髪を揺らしながら入ってきた。 彼女は軽く会釈すると、口を開いた。 「問題が発生しました、オールド・オスマン。ヴェストリの広場で決闘騒ぎが起きています」 知的興奮を味わっていたのを邪魔され、オスマンは鬱陶しそうに呟いた。 「やれやれ、暇を持て余した貴族の子供ほど厄介な物は無いわい。それで?一体どこのバカ同士が戦っておるんじゃ?」 「一人はギーシュ・ド・グラモン。そしてもう一人がその……昨日ミス・ヴァリーエルに召喚された少年なのですが」 「な、なんじゃとおっ!」 「なんですとっ!」 オスマンとコルベールはほぼ同時に、我を忘れて叫んだ 冗談ではない。大事な客人が怪我でもしたら――いや下手をしたら死ぬかもしれない。 そんな事を許す訳にはいかない。異世界の知識がかかっているのだ。 しかもあの少年は他の二人とは違う国からやってきている。彼がもし死ぬような事になればニホンという国について解らなくなってしまう。 「い、一体なぜじゃ!?なぜこんな事に?グラモン、グラモン……元帥のバカ息子じゃな?女の子の奪い合いか何かか?」 「それが少年がミスタ・グラモンを侮辱した事が原因だそうで……」 オスマンはう~む、と唸った。確かにあの生徒ならやりそうな事ではある。 だが原因はともかく、すぐに禁止させねばなるまい。 「教師の一人が止めに入ったのですが、うまく行っていないようです。彼は眠りの鐘の使用許可を求めています。どういたしましょうか?」 眠りの鐘とはその音を聞いた人間を、使用者を除いて全て眠らせると言うマジック・アイテムである。 この学院の中でも最も高価な宝物の一つで、子供の喧嘩騒ぎに使うのにはどう考えても不釣合いな物だ。 だが眠りにおちた多くの生徒達の後始末が大変とはいえ、この騒ぎを抑えるのにはうってつけの代物と言えた。 元々決闘は校則で禁止されているのだから口実は十分にある。 「仕方あるまい、許可しよう。すぐに宝物庫に行って鐘を取り、この騒ぎを止めなさい。急ぐように」 ロングビルは頷くと、すばやく部屋を出て行った。 後に残されたオスマンはため息をつき、頭を抱えた。 「やれやれ、いきなりこんな問題が起きるとは……これはとんだ問題児を抱えたかもしれんの」 「それよりオールド・オスマン。今彼らがどうなっているのか確かめた方が……」 オスマンは頷くと、杖を振った。すると部屋の鏡に広場が映し出された。 「……これは一体どう言う事でしょう」 コルベールが困惑したように呟く。 二人とも無力な平民がいたぶられている光景を想像していたのに、なぜかそこに映っているのはただの殴り合いだった。 「なんであの二人は取っ組み合いなんかをしとるんじゃ?」 「私に聞かれても困ります!」 眠りの鐘なぞ使う必要は無かったかもしれんの、とオスマンは少し後悔した。 才人を心配そうに見つめていたルイズとは対照的に、プッロは大きなあくびをしていた。 「……にしても退屈ですねえ。もっと面白く出来ないんでしょうか?これじゃ退屈でしょうがない」 「何を言っているんだ。剣闘士試合でも期待してたのか?」 もっとも、そう言ったウォレヌス自身が退屈さを感じられずにはいられなかった。 “決闘”が始まってからもう五分程経つが、勝負は双方とも互角と言った感じに進んでいた。 だが所詮は技巧など無いに等しい子供の喧嘩に過ぎない。仮にプッロかウォレヌスが乱入したとすれば、十秒もかからずに二人まとめて昏倒させられるだろう。 そんな児戯を見ていても面白みを感じられないのは自然な事だと言えた。だが、少なくともこれで才人が殺されるといった危険は回避する事が出来た。 ウォレヌスはあの蛮人の少年に特に思い入れがあるわけではない。だがそれでもプッロの言った通り、殺されれば少しは気分が悪くはなる。 そして奇妙な事に、この決闘騒ぎはある種の安堵をウォレヌスに与えていた。 つまり、この国の人間が自分達より劣った存在、つまり蛮人である事が再確認出来たからだ。 何故か?プッロは“ここでは貴族を怒らせた平民は殺されても文句は言えない”と言った。そんな“野蛮”な事はまがりなりにも法治国家であるローマではとても考えられない。 平民だろうと貴族だろうと、市民を殺せれば歴とした犯罪だ。例え執政官や大神祇官が物乞いや浮浪者を殺してもそれは変わりない。 権力を悪用した人間が都合の悪い人間を秘密裏に殺したり、強引に処刑させる様な事はあっても、公の場で“自分を侮辱したから”などと言う理由で殺人を犯す事など絶対に不可能だ。 ウォレヌスが生まれる数百年前に作られた、ローマ初の成文法である十二表法以前の時代ですらその様な事は考えられなかっただろう。 更には貴族と平民の間に大きな格差が存在するらしいと言う事もウォレヌスを更に安心させるのに役立った。 ローマも遠い過去には貴族が平民を搾取していた頃もあったらしいが、ここ数百年の間その様な事はなくなっている。 貴族と平民は平等な権利を保有し、一年に一回選出される国家の最高指導者である二人の執政官も、片方は平民でなければならないと法で義務付けられている。 ノビレスと呼ばれる、政治職を独占する一種の特権階級は存在するが、それは従来の貴族階層と有力な平民家によって構成される物だ。 現在ローマで続いている内戦も、閥族派と平民派と二つの派閥に分けられているが、これは単純な貴族と平民の争いではない。 閥族派は権力を元老院に集中させ、平民集会と平民の代表である護民官の力を制限させたい。平民派はその逆で、平民集会と護民官の権限を強めたい。 閥族派はノビレスなどの既得権益層の人間が多く、平民派はその逆で新興勢力の人間が多く属している。 双方とも大半は利権争いで参加しているに過ぎないが、逆に言えばそれこそが階級闘争ではない事の証拠だった。 平民派の貴族も、閥族派の平民も数多い。そもそも平民派の指導者とされるカエサル自身が名門貴族の出身だし、 逆に閥族派の指導者だった今は亡きポンペイウス、そして現在の指導者の一人と目されるカトーは両方が平民家出身である。 そしてパルティア遠征で戦死した、ローマ一の大富豪と呼ばれていたクラッススは平民家の出身。 逆にウォレヌスが生まれた頃にローマで粛清を繰り広げたスッラは名門貴族であるコルネリウス氏の分家の出身でありながら若い頃は貧窮し、娼婦のヒモの様な事をして食いつないでいた。 つまり、現在のローマでは上流階級と下流階級に間に大きな差はあっても、それは貴族と平民の差ではない。絶大な財力と権力を有する平民家もあれば没落し、貧窮した貴族家もいる。 そして有力な平民家と貴族家は婚姻を繰り返し、純血を保った貴族家などはもう存在しないと言っていいだろう。 だがここトリステインでは貴族が平民を殺しても問題は無いと言う点を見る限り、貴族と平民の間には相当な格差が存在するようだ。 これらの事がウォレヌスを納得させた。例え奇怪な魔術が使えようと、やはり連中の性質は理性より感情を優先させる蛮人のそれだ、と。 彼らの法はローマのそれより数百年遅れている上に、いまだに貴族と平民の間に大きな格差が存在する。 そして貴族の力が強いと言う事は、この国は恐らく王制が存在するのだろう。あの野蛮で劣った、蛮人向けの制度が。 どんなに凄い力を持っていても、こいつらは所詮は蛮人でしかない。ウォレヌスはこう考え、安心した。 才人の繰り出したアッパーがギーシュの顎にまともに当たり、ギーシュはそのままどさりと地面に倒れこんだ。 「おっ、いいのが入ったぞ」 プッロが楽しそうに言い、そして群集が才人にブーイングを浴びせた。 「……これで終わりかしら?」 ルイズが呟いた。ギーシュは倒れたまま動かない。 (これでこの茶番も終わりか) だがギーシュはよろよろと立ち上がった。彼の鼻からは血が流れており、その目は血走っている。 「どうする?降参か?」 才人は勝ち誇った様に言った。 すると、ギーシュはブルブルと震えだし、 「ふ……ふざけるなぁぁぁ!」 と叫んだ。そして薔薇の花を模した杖を取り出し、言い放った。 「なぜだ!この僕が薄汚い平民と殴りあわなければならない!?そしてなぜ平民に殴られて地面に倒れなければいけない!?こんなバカな事があってたまるか!」 彼は杖を振り、杖から薔薇の花びらが三枚落ちた。 するとその花びらが見る見る内に大きく膨らんで行き、姿を変え、あっと言う間に三体の甲冑になった。 「なんじゃありゃ!?」 プッロが仰天した様に叫んだ。そして群集もざわざわと騒ぎ始めた。 太陽の光で鈍く光っているその青銅の甲冑は、女性を模しているのか胸部が膨らんでおり腰も細い。 主人の命令が無い為か、その場で佇んだまま動かない。 目の前でゴーレムが出現するのを見てウォレヌスは愕然となった。 花びらが鎧人形になる。これはウォレヌスが今まで見た魔法の中でも最も奇怪で、信じられない物だった。 話に聞くのと実際に見るのでは大違い。魔法の様な、否、魔法その物だ。 しかもルイズによればそれらは自分で動き、戦い、その力は普通の戦士三人に匹敵すると言う。 正直な話、現実味が全く感じられないが三体の甲冑は実際に目の前にいるのだから信じざるを得ない。 そしてウォレヌスは後悔した。蛮人が信義を守るはずが無いのは常識ではないか。 そんな事は歴史が何回も証明している。こうなる事を予測し、保険として剣を持ってくるべきだった。こんな物を相手に素手ではどうしようもない。 「て、てめえ!汚ねえぞ!約束はどうなった」 才人は後ずさると、焦燥した顔で声を張り上げた。 無理もない、あんな物を相手にしては勝ち目が無いのは誰にだって明らかだ。 「うるさい!」 ギーシュはそう一喝すると、群集の方を向いた。 「諸君!彼らが僕に浴びせた罵詈雑言を思い出して欲しい!彼らは平民の分際で僕をバカ、エセ紳士などと呼び、あろう事か腰抜けとまで言った。 この様な事が許されて良いのか!?断じて否!彼らは早急に処罰を受けて然るべきなのだ。わざわざ彼らに有利になる様なルールに従う必要など無い。 貴族のみに許された特権である魔法を用いて即刻裁きを与える事こそが貴族としてのつとめだと思うが、いかがだろうか!」 それに負けじとルイズが前に進み出、ギーシュに批判を浴びせた。 「あなたね、要するに負けそうになったから魔法を使いたいだけでしょ?屁理屈をこねるのもいい加減にしなさい!」 だがギーシュは全く退かなかった。才人にノックアウトされた事が、かえって彼に更に火をつけてしまったようだ。 「屁理屈?屁理屈をこねたのは彼らの方だろう!さっきはまんまと丸め込まれたが、彼らは要するに、“お前は自分たちより強いから手を抜いて戦え”こう言っているのだ! 自分の能力を使うのは卑怯でもなんでもない、当たり前の事、そして貴族の能力は平民のそれより優れている。それだけの話だ!手を抜く必要などない!」 なんと、群集は彼を支持し始めた。 彼らが見たかったのはあくまで貴族に打ちのめされる平民であり、それは魔法でだろうが素手でだろうが関係無かった。 才人達の言い分を支持したのは単にそちらの方が面白いと思ったからであり、彼らにとって公平さなどどうでも良かったのだ。 そしてギーシュが負ける危険が出てきた今、彼らは躊躇無くギーシュを後押しする事を決めた。 貴族は平民より優れていなければならないと言うトリステインにおける大前提。 その大前提は例え子供の喧嘩だろうと崩されてはならないのだ。 そしてウォレヌスはギーシュの言う事にも一理あると認めざるを得なかった。 要は魔法を武器や道具であるか、それとも能力や技能として扱うかの違いだ。 弓を使える人間が、だからと言って弓を決闘に持ち出せば卑怯と呼ばれるだろう。 だが拳闘を心得ている人間が拳闘で戦ってもそれは当たり前の事でしかない。魔法はどうなのだろうか? そう思った時、ギーシュの声が耳に響いた。 「ワルキューレ!あの三人を攻撃しろ!」 その命令と共に、三体のワルキューレはそれぞれ才人、プッロ、ウォレヌスに向かってゆっくりと歩き始めた。 ウォレヌスは即座に今の考えを捨てた。そんな事よりも今は自分達にゆっくりと近づいてくるあのバケモノどもを何とかする方が先決だ。 素手ではどうにもならないのは明らか、剣が必要だ。ウォレヌスは躊躇無く叫ぶ。 「ヴァリエール……すぐに部屋に戻って私たちの剣を持ってこいッッすぐにだッ」 「え?そんな……」 「いいからさっさと行け!」 ルイズは戸惑った様に立ち尽くしていた。だが数秒経つと意を決した様に走り出し、すぐにウォレヌスの視界から消えた。 「ぐふっ!」 ワルキューレの拳を腹に食らい、才人は派手に吹っ飛んだ。相手にすらなっていない。 だがプッロもウォレヌスも、ワルキューレの相手をするのに手一杯で、とても才人を助けられる様な状況ではない。 幸い、ワルキューレの拳はそこそこの速さを持っているが、直線的な上に動作が大げさだ。 例えるなら、図体だけはでかい喧嘩の素人。よけるのはプロの軍人である二人にとってそう難しい事ではない。 だが、避ける事はできてもダメージを与える事が出来ない。それも当然だろう。 青銅の板を素手で打ちぬける人間など神話の英雄くらいだ。 ウォレヌスはワルキューレの大振りなパンチを避け、その隙をついて渾身の力を入れて蹴り付けてみた。 だが蹴られた箇所が少しへこんだだけで、ワルキューレは殆ど意に介さず攻撃を再開した。 (チッ、これではこっちの体力が先につきてしまう……) 例え相手の攻撃があたらなくても、こちらは動けば動くほどスタミナを消耗してしまう。 そして相手は青銅の人形だ。疲労を感じる事など無いだろう。その内こちらの体力が無くなってしまう。 そうなったら最後だ。更にうれしい事にこちらには相手に打撃を与える手段が全く無い。 (クソったれが!こんなクソガキに良い様にされるとは!) ウォレヌスは心の中で毒づいた。 ルイズが剣を取りにいってから五分程が経過した。 才人は殴られては倒れ、立ち上がってはまた殴られを繰り返す。 これはもはや決闘などではない。ただのリンチと言った方が正しいだろう。。 既に彼の顔面は腫れ上がり、鼻から血がとめどなく流れ、左腕はおかしな方向に曲がっていた。 群衆の囃し立てる声が聞こえる中、ウォレヌス達はワルキューレの拳を避け続けた。 だがどうする事も出来ない。 「おいガキ!てめえには恥って物がねえのか!こんな人形に任せるんじゃなくて、自分で闘え!」 プッロが苛立ったように叫ぶ。 「先ほども言ったろう?貴族なら魔法を使うのは当然だ。そもそも平民如きを貴族が直接相手する事自体がおかしいのだよ」 「てめえ……!」 「そろそろ降参したらどうだね?僕のワルキューレを相手にここまで持ちこたえたのには驚いたが、君たちも解っている通りこのまま続けてもいずれは君たちの体力がつきるだけだ。跪き、心の底から謝罪すると言うのならば許してやろう」 ギーシュの顔には嫌らしい笑みが浮かんでいる。完全に勝利を確信しているのは明らかだった。 だが才人はボロボロになりながらも、その笑みを跳ね除けるようにはっきりと言った。 「……へっ。謝罪?ふざけるなよ。今からてめえをぶっ飛ばすってのになんで謝る必要がある。弱すぎるんだろ、お前の銅像」 「どうしようも無い程愚かなんだね、君は」 ギーシュはやれやれと肩をすくめて見せた。 ウォレヌスは才人の根性に驚き、そして感心した。 無論、ウォレヌスも謝る気など全く無い。それでもあんな状態になってもまだ大口を叩けるとはただ事ではない。 しかも彼はまだヒゲも生えない年齢の少年に過ぎないのだ。 ただのバカなのか、それとも相当の勇気を持っているのか。もしくはその両方か。 (それにしてもあの娘はいつ戻ってくるんだ!これではラチがあかん!) 「ウォレヌス!プッロ!」 その時、ルイズの甲高い声があたりに響いた。彼女は息を切らし、群集を掻き分けながら叫んだ。 その腕には二振りの短剣と二振りの短刀が抱えられている。 「これでしょ、あんた達の剣って!一応ナイフみたいな奴も持ってきたけど――」 だが群集を抜け出し、ウォレヌス達がどの様な状況にあるのかを見ると同時に彼女の言葉が止まった。 ギーシュがワルキューレ達に「止まれ」と命令する。ルイズを巻き込むのを恐れた為だろう。 ルイズは才人に駆け寄った。才人は弱々しく呟く。 「よぉ……」 「よぉ、じゃないわよ!あんた何やってんのよ!?腕が折れてるじゃない!」 「言っただろ……下げたくない頭は下げられないって。それに……ほら、お前をあのあだ名で呼んだ事を謝らせてないしな……」 「そんな事で……そんな事でなんでそこまで出来るのよ?あんたは良くやったわ。誰もバカになんかしない。降参しなさい!命令よ!」 ルイズの鳶色の目から、大粒の涙がポロポロとこぼれ始める。 (泣き出した……?まさか彼の為に泣いてるのか?) ルイズが自分達を体のいい奴隷くらいにしか考えてないと思ったいたウォレヌスはあっけにとられた。 だがそれもほんの一瞬の事。 「ヴァリーエル、我々に剣を渡せ。今からこの青銅人形を片付ける」 ウォレヌスは既にワルキューレの力を把握していた。戦士三人に匹敵すると言うのは明らかに誇張だ。 もしくはこの国の戦士と言うのが大した強さではないと言う事か。 武器さえあれば倒せない相手ではない。所詮は青銅製。鉄の武器に耐えられる強度は無い筈だ。 一対一なら攻撃を空振りした隙をつき、関節部分を狙えば勝機は十分以上にある。 「ルイズ、もうここまでだ。そんな剣如きでは僕のワルキューレは倒せない。それは解ってるだろ?」 ギーシュが自信満々に言い放つ。だがルイズは何も言わない。 「君の使い魔はとんでもなく強情だ。腕を折られても降参しないなんて、ある意味感心したよ。その意気に免じて、もし君が彼に代わり一言謝罪すると言うのならこの場で事を収めよう。それで終わりにしようじゃないか」 ルイズは才人を見、次にプッロとウォレヌスを見た。 そしてゆっくりと口を開いた。 「ギーシュ・ド・グラモン。わ、私の使い魔達があなたを侮辱した事を――」 「やめろ!」 あんな体のどこにそんな力が残っていたのか、才人は思いっきり叫んだ。 「なんでお前が謝るんだよ……俺が謝る必要すら無いのにお前がやっちゃ何がなにやら解らなくなるだろ!」 「で、でも……」 今度はプッロが苛立った様に声を張り上げた。 「お嬢ちゃん、いいからさっさと剣を渡せ!剣さえありゃこんな人形二秒で片付けられるからよ!」 「やれやれ」 ギーシュはそう呟き、再び杖を振った。新たなワルキューレを出す気かと思い、ウォレヌスは身構えた。 だが花びらは甲冑ではなく、剣に姿を変えた。ギーシュはそれを握ると、才人の方に向けて放り投げた。 「使い魔君。君のその愚劣なまでの勇気に少しは敬意を表そう。それは見ての通り平民どもがメイジにせめて一矢報いようと磨いた牙、剣だ。 今ここで一言“ごめんなさい”と言って手打ちにするか、それを握るか。好きにするといい。そしてルイズ、謝罪する気が無いと言うのなら抱えているその剣を他の二人に渡したまえ。 一人だけ武器を使うのでは“不公平”だろう?」 ウォレヌス達への皮肉のつもりか、不公平と言う言葉に妙なアクセントをつけた。 才人は戦うどころか剣を握れるかどうかさえ怪しい状態にあるのは明らかだ。 それでも彼は剣の方に歩き始めた。 「絶対に駄目!それを握ったらあいつはもう容赦しなくなるわ!お願い、降参して!」 ルイズはすがるようにして言った。才人は弱々しく、だが確かな動きで首を振った。 「すまねえなルイズ……下げたくない頭は下げられないんだ。こればっかりは曲げるわけにはいかねえ」 そして才人は剣の柄に手を飛ばし始めた。ほぼ同時にウォレヌスはルイズにむかって走り始める。 (これではラチがあかん) 力ずくでも剣をルイズから奪うつもりだった。 だがその時、その場にいた誰もが全く予想もしていなかった音が周りに響き始めた。鐘の音だ。 (鐘……?なんでこんな時に……) ウォレヌスがそう思った次の瞬間、彼と広場にいた全ての人間の意識が闇に落ち、全員が糸の切れた人形の様に崩れ落ちた。 前ページ次ページ鷲と虚無
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前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔 第三十一話 伝説の力 幽霊船怪獣 ゾンバイユ 登場! ルイズは悪夢の中にいるような思いを味わっていた。才人が、自分の手の中で物言わぬ姿になって横たわっている。 あのとき……彗星怪獣ドラコから身を挺して自分を救い、命を落としたときと同じ…… もう二度と見たくない……もう二度と、味わいたくないと思っていたのに。 「起きなさい! 起きなさいよ! こら! あんたがいなくてわたしにどうしろってのよ。わたしを、わたしを また置いて一人でかっこつけてるんじゃないわよ! 起きなさい、このバカ犬ーっ!」 ルイズは力いっぱい才人を頬を張り、あらん限りの声で揺り起こそうとしても、才人の目が開かれることはなかった。 しかし、絶望に沈むルイズをあざ笑うかのように、怪獣ゾンバイユはさらなる食料となる魂を求めて迫ってくる。 「ルイズ! 逃げてーっ!」 空の上から、自分の名を呼ぶキュルケの声も今のルイズには届かない。才人が倒れたということが、 完全にルイズから冷静さを奪っていた。自分の命が危機にさらされているという実感も、今のルイズにはなかった。 「サイト、起きてよ。あんたはわたしを救えてそれでいいかもしれないけど、残ったわたしはどうすれば いいのよ……わたしはあんたが好きだって言ったでしょう。知ってるくせに、ばか……」 つぶやく声もだんだん細くなり、激情も冷たい悲しみへと変わっていく。 まるで、体の半分を突然失ったような、そんな喪失感が心を覆って、外の世界のことがすべてどうでも よくなって感じられる。このまま眠ってしまいたい……才人と同じところに行けば、会えるのかな。 だが、ルイズまでも犠牲になっては才人の意思が無駄になってしまう。動かないでいるルイズへ、 キュルケはせめてルイズだけでも拾い上げようとタバサに頼んだ。 「ルイズ! タバサ、早く」 「だめ、間に合わない」 怪獣の視線はまっすぐルイズを睨んでいる。今、降りていったら自分たちも巻き込まれると、タバサは シルフィードを上昇させた。 「タバサ! あなた」 「……」 ルイズを見捨てるつもりかと、キュルケはタバサに詰め寄った。だが、唇を噛んでいるタバサを見て 黙らざるを得なかった。友達を見捨てるなんて、気楽にできるわけがない。でも、花壇騎士として 鍛え上げたタバサの冷静な意思が、残酷な選択を彼女に強制していた。 ゾンバイユは、目の前で動かないでいる絶好の獲物へ向かって狙いを定める。このまま、ルイズまでも あの怪光線の餌食となってしまうのか、タバサとキュルケが、思わず目を閉じかけた……そのとき! 「シュワッ!」 突如、流星のように飛び込んできた青い光がゾンバイユを横合いから弾き飛ばした。その光は、 ゾンバイユが渓谷を転がり落ちていくのを見下ろし、世界樹の傍らに降り立った。 「くっ……遅かったか」 「ウルトラマン……ヒカリ!」 ルイズは、目の前に自分たちを守るように現れたヒカリの姿に思わず叫んだ。 現れた青い巨人、ウルトラマンヒカリは構えをとり、怪獣からの反撃に備える姿勢をとりつつルイズたちを見返した。 ルイズの腕の中で才人は血色を失った体になり、学院の生徒たちも皆同じように倒れている。死屍累々、 むごたらしい惨状に、ヒカリは自らのうかつさを悔いた。 「すまん、俺がもっと早くここが襲われる可能性が高いことに気づいていれば」 水の精霊から、この世界の陰で暗躍している謎の存在のことを聞かされてから、セリザワはずっと そいつが動き出す気配がないかを探り続けてきた。アンドバリの指輪を水の精霊から強奪した者たち、 時期から考えるとヤプールとは恐らく無関係であろう。しかし、かつてこの星を一度滅亡させたという シャイターンと同じ気配を持つ者によって所有されているとなれば、何が起こるかはわからない。 セリザワはハルケギニアを歩き回り、怪獣や宇宙人の動静を探り、攻撃の兆候がないかを調べ続けた。 そして、先日ガリアに立ち寄ったおりのことだった。空を不気味な光を放つ船が、トリステインの方向へ 飛んでいったという話を聞き、もしやと思って飛び去った方角を追って来てみれば……まさか、こんな能力を 持った怪獣が現れるとは! ヒカリ・セリザワも初めて見る怪獣の攻撃には正直に驚いていた。GUYSの アーカイブドキュメントにも記録のない、まったく未知の怪獣……いったいほかにどんな能力を持っているのか、 想像もできない。 だが、相手の正体がなんであれ、人々の平和を脅かす存在であることだけは間違いない。なぜ、どこから、 何者が送り込んできたのか? それを考えるのは後でよい。 この怪獣は、ここで倒す! ヒカリはそう決意し、構えをとって怪獣を牽制する。その隙に、タバサは シルフィードを降下させてルイズと才人を拾い上げ、ヒカリの周りを旋回させた。 「ウルトラマン! サイトが、サイトが大変なの! わたし、わたし、どうしたらいいの!」 「才人くん……だめか、完全にエネルギーを抜かれてしまっている」 半泣きになっているルイズに、ヒカリは才人の様子を見ると落ち着くように語り掛けた。 「慌てるな。まだエネルギーを抜かれて時間は経っていない。奴を倒せば、エネルギーを吸われた人たちも 生き返れるかもしれん」 「そ、それは本当なの!」 「ああ、いくつか前例はある。可能性は充分ある」 それは嘘ではない。怪獣や星人に人間が異常状態にされた例としては、生物Xワイアール星人に植物人間に された人々や、吹雪超獣フブギララに氷付けにされた人々、きのこ怪獣マシュラにきのこ人間にされた人々などが 記録されているが、どれも元凶となる怪獣が倒されるとともに正常に戻っている。 冷静さを取り戻したルイズは、精神を集中させて、自分たちの中にいるウルトラマンAへと呼びかけた。 〔エース……ホクトさん、聞こえる? 聞こえたら返事をして〕 〔ああ、大丈夫、聞こえているよ〕 〔よかった! ねえ、サイトは! サイトはどうなったんですか!?〕 〔あの怪獣によって、肉体から魂だけを吸い取られてしまったようだ。今の彼の体は、抜け殻の仮死状態と いったところだろう。残念だが、これでは私も力を出すことはできない。だが心配はするな。ヒカリの言うとおり、 あの怪獣を倒せば、サイトくんや他の人たちもみんな助かるはずだ〕 一縷の希望を得たルイズはヒカリに向かって叫んだ。 「お願い! サイトを助けて」 「ああ! 君は彼を連れて下がっているんだ」 もとよりヒカリに異存があろうはずもない。それに、才人だけでなく、同じように魂を奪われた大勢の人々を 救うためにも、あの怪獣を倒さなければならない。 対して、ゾンバイユもヒカリを敵と認識して、ラ・ロシュールの渓谷から平地に出てヒカリを待ち構えている。 好都合だ、これで少なくともヒカリを狙っているうちは人々が危険にさらされることはない。それに、平地の ほうが戦いやすいのはこっちも同じことだ。 「いくぞ! 怪獣」 左手を前に出したゆるやかな構えから、ヒカリは怪獣に向かって駆け出した。 「デヤアッ!」 ヒカリの素早い動きを活かした速攻だ。助走して勢いをつけ、ジャンプして振り上げた手からチョップを お見舞いしようと飛び掛る。ヒカリは元々科学者であり、ハンターナイト・ツルギだったころは、戦闘力が 不足しているのをアーブギアによって補っていたけれど、今では格闘技でも兄弟にひけはとらないのだ。 まるで、獲物に牙をむいて襲い掛かる狼のように、ヒカリの手刀がゾンバイユを襲う。 必中! 誰もがそう思った。しかし、ヒカリのチョップが命中する寸前、誰も予想だにしていなかったことが起きた。 「消えた!?」 突如、怪獣の姿が何の前触れもなく掻き消えて、ヒカリのチョップはむなしく空を切った。 これは!? だが、考える間もなく背後から聞こえてきた不気味な声に振り向いてみると、そこにはおどけるように 手足を揺らしている怪獣がいるではないか。 ”この怪獣は、瞬間移動が使えるのか!?” ヒカリの、その推測は誤っていなかった。空から、そして地上から、たった今起きたことを見守っていた 人々の目にも、チョップが当たる寸前にゾンバイユの姿が分解するように消滅し、次の瞬間にはヒカリの 背後に現れたように見えていたのだ。 ”これは、厳しいかもしれないな……” ヒカリは、再度構えを取り直しながら、早くも焦燥を感じ始めていた。 瞬間移動、いわゆるテレポーテーションはウルトラマンでさえ大幅にエネルギーを消耗し、場合によっては 寿命を削るとさえ言われている代物だ。しかし、それゆえに戦闘に応用できれば強力であり、かつて五代目 バルタン星人はこれでウルトラマン80を翻弄し、あの宇宙恐竜ゼットンもこれで初代ウルトラマンや ウルトラマンメビウスをきりきり舞いさせている。 「強敵だな……しかし、打つ手がないわけではない!」 ヒカリはナイトブレスから光の長剣ナイトビームブレードを引き出すと、中段に構えてゾンバイユに切り込んだ。 むろん、正面からの馬鹿正直な攻撃をゾンバイユは恐れはせずに、青い単眼をいやらしく歪めて笑い声をあげる。 そして、切り込んだナイトビームブレードの切っ先がゾンバイユに触れようとした瞬間、またしても奴は全身を 分解するようにして消えてしまった。 「だが、同じ手は何度も通用しないぞ!」 ゾンバイユが消えた瞬間、ヒカリはそれを待っていた。間髪を入れず、ナイトビームブレードを後ろに向かって 振るい、半月状のエネルギーの刃を打ち出した。 『ブレードショット!』 振り返るまでも無く放たれた光刃は、まさにヒカリの背後で実体化しようとしていたゾンバイユに命中した。 単眼の左上部付近で爆発が起き、ゾンバイユはダメージを受けて慌て、うろたえる。奴にしてみれば、 攻撃をかわして死角に潜り込んだと思ったところへのダメージである、驚かないはずはない。 しかし、ヒカリからしてみたらたいして難しい問題ではない。本当に単純な話、敵が死角に入ってくるならば、 死角に向かって撃てば敵の方から当たりに来てくれるという、それだけなのだ。攻撃を当てられて うろたえているゾンバイユに向かって、ヒカリはすかさず反撃に打って出た。 「テヤァッ!」 フットワークを活かして高速で怪獣の懐に飛び込み、ヒカリの攻撃が始まる。パンチが火花を散らし、 キックが怪獣の皮膚を削り取る。 ”当たる。今ならいける!” ゾンバイユはヒカリの攻撃を受けるだけで、先程までの人をこばかにした余裕は見せず、テレポートで 脱出することもしないでいる。恐らく、奴はテレポートで敵を翻弄する戦術を、うぬぼれに近いところまで 自信を持っていたのだろう。例えるなら、サッカーの試合ではるかにランクの低い相手に先制ゴールを 許してしまった強豪チームがそのままペースを乱して惨敗してしまうように、自信を崩してやったことが 動揺を生み、当たり前にできることもできなくしてしまっている。 ヒカリは、このチャンスを逃してはならぬと、パンチ、キック、チョップと怒涛のラッシュをかける。 だが、ヒカリとゾンバイユは人間と子牛くらいに体格に差がある。軽量級のヒカリの攻撃が、重量級の 怪獣に対してどこまで効果を発揮できるか、戦況はまだ予断を許さない。 その戦いを、トリステイン空軍艦隊と、戦艦『レゾリューション』号に乗ったウェールズ国王は息を呑んで見守っていた。 「ウルトラマン……あのときと同じように、我々のために戦ってくれるというのか」 それは半分当たり、半分外れていた。ウルトラマンは無条件に人間を守るような都合のいい神様ではない。 人の力ではどうしようもなくなったとき、失われてはいけないものが危機にさらされたとき、少しだけ手を貸してくれる、 本当にそれだけの存在なのだ。 ウェールズは、しばらくその戦いを呆けたように見つめていたが、部下から「艦砲の射撃準備完了しました」 と報告を受けると、ぐっとしてつぶやくように答えた。 「しばらく待機だ。今砲撃しては、ウルトラマンにも当たる危険が大きい」 以前アンリエッタは彼に告げた……ウルトラマンは人間の力ではどうしようもないときにだけ力を貸してくれるのだと。 けれど、それは裏を返せば、自分たち人間の非力を証明されているようなものだ。これだけの艦隊を有している というのに、たった一匹の怪獣にすら手も足も出ないとは。 「王家は民を守るのが責務……口先ではそんなことを言っても、肝心なときには人任せにせざるを得ないとは、 情けない……」 自嘲を込めたウェールズの笑いが、『レゾリューション』の後甲板に流れて消えた。 しかし、直接怪獣に立ち向かう力はなくても自分たちなりに戦っている人は大勢いる。 「皆さん、今なら怪獣の気が逸れています。落ち着いて逃げてください」 「我々は非常事態に対応するための訓練を受けています。我々の指示に従えば助かります。皆さん、どうか パニックにならないようお願いします!」 街の保安の任務についていた兵士たちは、必死になって逃げ惑う人々を秩序正しく避難させようとしていた。 その中には、アニエスやミシェルたち銃士隊も当然おり、衛士隊や他の街から集められてきた保安官など いろいろいる。トリステインは、もはや特別なものではなくなってしまった市街地への突然の怪獣襲来 という事態が起きることを考慮し、備えていたのだ。 「隊長、北地区の隊員と連絡がとれません。西地区も、避難が完了したのか確認が」 「落ち着け! 戦場で連絡の不具合が起こるのはよくあることだ。三班は北地区へ、五班と六班は 商業地区の確認に向かえ。無人を確認したら打ち上げ花火で連絡、その後は、避難完了地区の閉鎖に 当たれ、引き返してくる奴らはどんな理由があろうと通すな!」 銃士隊ではアニエスが陣頭に立ち、避難誘導のための命令を次々に発していた。彼女たちは、 特にこうした経験が豊富なために中核として活躍している。中には、こうした華々しさとは無縁の仕事が 続くことに不満を持っている者もいるが、多くの者はこれまでの怪獣出現や、先日のアブドラールスの トリスタニア襲撃で、自分たちの仕事がいかに重大であるというかを痛感していた。地球でも実際に 証明されているとおり、訓練を受けた人間が避難誘導をするのとしないのとでは生存率が大きく違ってくる。 彼らは、見るだけで肝が縮んでしまいそうな人の波に当たりながらも、必死で己の責務を果たそうとしていた。 武器なき戦いを続ける人々の、目に見えない功績によって、ラ・ロシュールは着実に無人に近づきつつある。 その光景をタバサとキュルケはシルフィードに乗って上空から暗然と見ていた。 「昨日までのにぎわいが、まるでうそみたいね……」 昨晩、タバサと連れ立って食べ歩いた店店も、男の子をひっかけて歩き回った歓楽街も、今は人っ子 一人いないゴーストタウンと化している。キュルケは、他国の姫君であるアンリエッタの結婚式には それほどの興味関心を抱いていたわけではなかったが、思い人との婚礼……女の幸せをいきなり 踏みにじられる出来事が起きてしまったことには、内心で同情していた。 「ようし、タバサ! わたしたちも……?」 何かをやろうと言いかけたキュルケに、タバサは無言で首を横に振った。 今回は、自分たちにできることはない。戦うにせよ、人を逃がすにせよ、専門の訓練を受けた人たちが すでに働いている以上、素人が顔を出しても邪魔にされるだけだ。 それに、今は意識不明の才人と、意気消沈しているルイズがいる。無茶はできないとうながすと、 キュルケも配慮が足りなかったことを素直に恥じた。 今やるべきことは、ルイズと才人を安全なところまで運ぶこと。ウルトラマンAになることのできる 二人に何かがあったら、ハルケギニアが危機にさらされる。シルフィードは狂乱する街と、戦いを 続けるウルトラマンたちに背を向けて飛ぶ。 だが、郊外を目指そうとしていたそのとき、シルフィードが地上を口先で射して叫んだ。 「お姉さま、あそこ、火の中に人がいるのね」 「えっ!」 驚いた二人は地上を見下ろした。怪獣の破壊活動で火災を起こしている街の中を、一人の法衣を着た 男が逃げ場を失って右往左往している。あのままでは火に巻かれてしまう。キュルケはタバサを見ると、 タバサはうなずいて、杖で降りろと命令した。 「わたしが炎を抑える」 「わかったわ」 二人には、それだけのやりとりで充分だった。タバサが風の魔法で、火災の上昇気流を抑えて シルフィードの道を作り、地上スレスレまで降りたところでキュルケが『レビテーション』を使って男を シルフィードの上まで引き上げた。 「あ、あなたがたは……?」 「はーい、ま、通りすがりの天女のご一行ってところかしら。飛ぶわよ、じっとしてなさいな」 呆然としている男に洒落た答えをしつつ、キュルケはタバサに目配せした。「飛んで」と短く告げると、 シルフィードは今度は上昇気流に乗って一気に上昇し、安全高度に到達した。 タバサは、シルフィードに急いで郊外へ向かうように伝える。人が大勢集まる予定だったので、万一に 備えて、あちこちに救護所が備えられており、そこでなら薬もあるだろう。その前に、応急手当として ルイズとキュルケはハンカチを破って即席の包帯で、彼の傷を覆っていった。普段は男勝りな二人でも、 やはり女性らしい優しさが心の中には満ちている。止血をしながら、キュルケは男に話しかけた。 「ここはもう大丈夫だから心配しないでいいわよ。それにしても、なんであなたあんな危ないところに一人でいたの?」 「面目しだいも……私はこの式典の資材の運搬をまかされている者なのですが、アルビオンから預かった 積荷の中に、どうしても壊してはいけないものがありまして。仲間がすべてやられてしまい、私一人で行くしかありませんでした」 助け出した男は彼女たちに礼を言うと、大事そうに抱えていた包みを下ろした。 「助かりました。私はともかく、これをなくしてしまってはウェールズ陛下にも始祖ブリミルにも申し訳が立たないところでした」 「それは、もしやアルビオン王家の秘宝と言われる……」 「はい、風のルビーです」 包みの中から現れたのは、緑色の大きな宝石が埋め込まれた指輪であった。これは、ハルケギニアの 三つの王家と、ロマリアの法王庁に一つずつ伝わっている秘宝であり、始祖ブリミルより、それぞれの王家の 始祖と、ロマリアを開いたブリミルの弟子に与えられたと言われる。そして、この指輪には、トリステインには ”水”、アルビオンには”風”、ガリアには”土”、ロマリアには”火”というふうに、四色のルビーがはめ込まれて、 それぞれの王家の象徴ともなっているのだ。 「本当に、危ないところをお救いいただきありがとうございます。あの危機の中、貴女方はまさしく天使に 見えました。こうして命拾いできましたのも、神のお導きかと存じます」 「しゃべらないほうがいいわよ。ひどい怪我……安全なところまで連れて行ってあげるからおとなしくしていなさい」 「うう、ふがいない……申し訳ありませぬが、見れば、あなた方は身分卑しからざる方々とお見受けします。 どうか、わたくしめに代わりまして、この秘宝をお守りいただけぬでしょうか」 男はそのまま気を失った。 「どうする? ルイズ」 「わたしが預かっているわ。どうせ、始祖の祈祷書も守りきらなきゃいけないんだし、このくらいどってことないわよ」 キュルケは、まあそう言うだろうねとつぶやくと、「なくすと大変だから、身につけておいたほうがいいわよ」と忠告した。 ルイズは姫さまとウェールズさまのエンゲージリングを自分などが身につけてはと躊躇したが、ポケットに 入れておくよりは安全だろうなと、忠告に従うことにした。 「わたしの指には少し大きいかしら……あら?」 そのとき、ゆるかったリングが急に縮んでルイズの指に合ったサイズになったように思えた。しかし、 そんなことがあるはずないわねと切り捨てると、かすかに息をしている才人を、また心配そうに見下ろした。 才人は相変わらずぴくりともせずに、人形のように横たわっている。 「サイトの魂を、取り戻して……お願い」 ウルトラマンヒカリと怪獣ゾンバイユの戦いは、なおも熾烈さを加速度的に上げていっていた。 「トァッ!」 ヒカリの飛び蹴りを口元に受けたゾンバイユがのけぞる。重量級のゾンバイユに対して、ヒカリは スピードから生まれる破壊力を活かし、連続攻撃でダメージを蓄積させる戦法をとっていた。 流れるような、息もつかせぬような攻撃が次々にきまる。しかしゾンバイユも、伊達に伝説の怪獣などと 呼ばれているわけではない。手数の多さに圧倒されているかに見えて、強固な外皮に覆われた体は まだまだ余力を備えており、一時の動揺が収まると、また悪辣な頭脳を回転させ始める。 必殺の気合が込められたヒカリの正拳が、ゾンバイユの単眼に命中しかけた瞬間、再びテレポートして 消えてしまったのだ。 「姑息な真似を……なにっ!?」 奴が再出現したところをまた叩こうと、後ろを振り返ったヒカリは愕然とした。 怪獣は、確かにそこに実体化していた。ただし、信じられないことに一体ではなく複数いる。いや、そんな 生易しいものではなく、視界を埋め尽くすような大量のゾンバイユが右に左にとあふれかえっていたのだ。 「こいつ、分身まで使いこなせるのか!?」 平原をゾンバイユが埋め尽くす不気味この上ない光景を見渡しながら、ヒカリはどこから攻撃が あってもいいように構えた。分身……有名どころでは宇宙忍者バルタン星人や、分身宇宙人ガッツ星人が これを使いこなすことで知られ、特に後者はこれを狡猾に使いこなすことでウルトラセブンを倒している。 地味だが決してあなどれる能力ではないと、ヒカリは数十体のゾンバイユを前にして思った。 とにかく、どれが本物かわからないというのは始末が悪い。それはそうだ、簡単に本体を見破れるような 代物であったら使う意味は無い。どうする? どれを攻撃するべきなのか。 外れを選んでしまったら本物に死角から攻撃される。迷うヒカリをあざ笑うかのように、ゾンバイユは 聞き苦しい笑い声をあげて挑発してくる。まるで、『こないのか、こないのかな?』とでもいっているようだ。 けれど、ウルトラマンAが変身できない今、ヒカリまでもが倒されてしまってはこの世界を守るものが いなくなってしまう。 ”焦るな。冷静に、冷静になれ……” 自分自身に言い聞かせながら、ヒカリは隙を作らずにゾンバイユの分離攻撃に向き合った。 だが、そちらからこないならこちらからゆくぞとばかりに、数十のゾンバイユの一体から灰色の光線が ヒカリに向かって放たれる。 「ヘヤッ!」 とっさに飛びのいてかわしたヒカリは肝を冷やした。危なかった、あれは街の人々や才人から魂を 奪い取ったあの光線だった。当たればどうなるかはわからないけれど、少なくとも無事ではすむまい。 しかし、今は運良くかわせたが、何発もこられてはすぐにかわせなくなる。 ”どうする……どうすればいい……?” 打開策を練ろうとしても、早々都合よく名案も浮かばない。どうすれば、この無数の分身の中から 本物の怪獣を見つけ出すことができるのか。 だがそのとき、戦いの推移を見守っていたラ・ラメー率いるトリステイン艦隊、ウェールズ王指揮する 戦艦『レゾリューション』で、高らかに命令が放たれた。 「砲撃開始! ウルトラマンを援護せよ」 たちまち数十隻の戦闘帆船から放たれた数百門の大砲の弾が、ゾンバイユの群れに雨のように降り注ぐ。 ゾンバイユがいかに多数に分離しようと、大砲の数に比べたら微々たるものだ。幻影はすり抜けて 落ちるものの、全部を攻撃されたら本体にも必ず当たる。大砲の弾では怪獣にダメージは与えられないけれど、 爆発が体のあちこちで起こり、驚いたゾンバイユは分身を消してしまった。 「いまだ!」 分身攻撃が破れたことを見て取ったウェールズは、ウルトラマンヒカリに向かって叫んだ。その叫びには、 自分たちは非力ではない。こうして戦う力はあるんだ、それを証明したいんだという願いもこもっている。 ヒカリは、自ら戦う勇気を見せた彼らの声を確かに聞き届けた。 「君たちの意思、受け取った!」 ヒカリの渾身の力を込めた猛攻が、ゾンバイユに暴風のように襲い掛かっていく。 人間とともに戦うときのウルトラマンは、一人で戦うときの何倍もの力を発揮する。それは、ウルトラマンも 人間もともに心を持ったもの同士、仲間であるからだ。ヒカリの攻撃に押されるゾンバイユは、超能力を 発揮する暇も与えられずに追い詰められていく。 このままいけば、ウルトラマンの勝ちは決まりだろう。誰もがそう思った。 しかし、それを望まない邪悪な意思がここに存在することを、ヒカリは知らなかった。 「悪いけど、そんな簡単に勝たれたんじゃあジョゼフさまの計画どおりにはいかないのよ。だから、うふふ…… まだこれにも、使い道があったわね」 人目を離れた場所で、戦いを見守っていたシェフィールドの指にはめられていた指輪が怪しい光を放つ。 それは、かつて水の精霊から盗み出された古代の秘宝『アンドバリの指輪』、それにはめられた宝玉が 深海のように暗く深く輝くとき、水の精霊が懸念していた破滅への序曲が奏でられ、その戦慄を聞いた者たちは、 愕然として己の目を疑った。 「ウワアッ!?」 突如、轟いた大砲の音と、炸裂する砲弾の爆炎……そして、砲撃を受けてのけぞるウルトラマンの姿。 誰もが、一瞬何が起こったのか理解することができなかった。 ウェールズ、ラ・ラメー、艦隊の将兵たち、戦いの推移を見守っていたルイズたち。 彼らは、目の前で起きたことの意味がわからずに、その思考のすべてを一時停止させた。 しかし、現実において時が停止することはない。一瞬のときを置いて、彼らの脳が再始動したとき、 困惑は激怒となって発露した。 「ば、馬鹿な! 誰だ今撃った奴は! 誰がウルトラマンを撃てと言ったあ!」 犯人は即座に判明した。アルビオン艦『レゾリューション』の砲手四名が、無断で砲をウルトラマンに向かって 撃ったのだ。むろん、彼らは即座に拘束され、誤射だと友軍には報告された。だが、ウェールズは自艦の 砲手が反逆行為に出たことが信じられなかった。彼らはいずれも内戦時から王党派に尽くし、この艦にも 特に選ばれて乗り込んだ忠臣たちだというのに。 けれど、困惑している余裕は誰にもなかった。完全な不意打ちの形で砲撃を喰らったウルトラマンヒカリは、 砲撃によるダメージこそさしたるものはなかったが、体勢を崩してしまったことでゾンバイユに反撃の機会を 与えてしまったのだ。 人間たちから攻撃されたことで動揺するヒカリに、ゾンバイユの体当たりが命中する。受け止めることも できなかったヒカリは、闘牛にはねられたマタドールのように宙を舞って地面に叩きつけられた。 「ヴアアッ!」 このダメージは大きく、ヒカリはすぐに立ち上がることはできない。対してゾンバイユは、やられた恨みを 晴らそうとヒカリへさらに体当たりを仕掛け、さらに巨体でのしかかっていった。 「ウッ……アアァァッ!」 背中の上で暴れられ、ヒカリの骨格がきしみをあげる。まるで象を怒らせてしまったライオンのように、 踏みにじられてつぶされ、はねとばすこともできないいままヒカリのカラータイマーが赤く点滅を始める。 あの馬鹿な砲撃さえなければ! と、そのときウルトラマンがやられるのを歯軋りしながら見守っていた 誰もが思ったことだろう。が、四人の兵隊の錯乱したとしか思えない暴挙の裏に、狡猾な影が糸を 引いていることには、気がつきようもなかった。 突然ウルトラマンを砲撃した四人の兵士はロープで柱に厳重に拘束されていたが、その顔を覗き込んだ 兵士たちは、一様に背筋を振るわせた。彼らの顔は、まるで魂を抜かれたように、ぼんやりと目を 見開いたまま呆けた形で固まっていたからだ。 そして……それこそが、シェフィールドの仕掛けた卑劣な策略の正体だった。 「うふふふ……アルビオンに内乱を起こすために、二年も前に根回ししていたことが今ごろに役立つ とはねえ。まだまだ、モノは使いようということかしら」 暗い笑いをシェフィールドは口元に浮かべた。以前、レコン・キスタを作るためにアンドバリの指輪で アルビオンの貴族を操って行動させたように、王党派の中にも戦闘中に王党派を不利に働かせる ために洗脳したものたちがいたのだ。アルビオンの内戦を操る謀略自体は、途中でヤプールに 利用されたために瓦解したものの、指輪の効力を眠らせていた者たちがアルビオン艦に乗っていたのは シェフィールドにとって幸運だった。 「さあて、これでウルトラマンを倒したら、次は上空の艦隊。そして次は地上の虫けらどもを皆殺しに しましょうか……でも、ジョゼフさまのおっしゃるとおりなら……? さて、どうなるかしらね」 好奇心と、残忍な笑いを浮かべたシェフィールドの耳に、人々の怨嗟の声が届くことは無い。 ジョゼフと、その意を受けたシェフィールドの邪念が乗り移ったかのように、ゾンバイユの攻撃は 容赦なくヒカリを襲う。 足蹴にしていたヒカリを、ゾンバイユは子供が石ころにするように蹴飛ばした。 「ヌワアッ!」 腹を蹴られ、大きくダメージを受けたヒカリは、それでも立ち上がろうと手をついて力を込める。しかし、 もはやエネルギーも残り少ない状態では、体が別人のものになってしまったように言うことを聞かない。 絶好の標的となったヒカリに向けて、ゾンバイユの単眼が不気味に輝く。放たれた光線はヒカリの 体にロープのように絡みつき、動きを封じて持ち上げはじめた。これは、相手を拘束する牽引ビームの 一種だ。振り払うこともできず、両手両足にビームをかけられたヒカリは、マリオネットのように 空中でエネルギーロープの磔にされてしまった。 「なんてこと! これじゃなぶり殺しじゃない」 いたぶることを楽しんでいるような怪獣の攻撃に、思わずキュルケの口から怒りの声が漏れた。 同じように、上空の艦隊でもウェールズをはじめ激昂した者たちによって怪獣への攻撃命令がくだる。 「撃て! あの化け物を今度こそ吹き飛ばせ!」 艦隊の一斉砲撃が、動きの止まったゾンバイユに降り注ぐ。が、煙の薄れた後にゾンバイユは 元と変わらない姿をとどめていた。 「馬鹿な……」 落胆の声が将兵の数だけ流れる。ゾンバイユの皮膚はビーム砲の直撃に耐えるだけの強度を 兼ね備えている。不意を打たれて驚くことはあっても、まともに受ければ大砲の弾くらいでは傷つく ことはないのだった。 人間たちの必死をまるで無視し、ゾンバイユは身動きの取れないヒカリを攻め立てる。空中で 見えない十字架にかけられているも同然のヒカリを、ビームの力でそのまま五体バラバラにする つもりなのだ。 「ヌワァァッ……」 カラータイマーの点滅はすでに限界に達し、もう何秒も持たないだろう。「ウルトラマン、がんばれ」 という声援も、この絶望的すぎる状況を逆転させるだけの力は持っていない。 どうすればいいんだ……艦隊の砲撃すら通じなかった相手に、いったいどんな手段があるというのだ? しかし、このままでは奴に魂を食われた大勢の人たちの命はない。それどころか、ハルケギニア中の 生き物の魂が奴に食い荒らされてしまう。 なんでもいい、何か残されている手はないのか? 絶望の中で、人々は必死に希望を探した。 そして、そんな中でルイズは深い悲しみのふちに立たされていた。 「こんなときに……サイトの命がかかってるこんなときに、なにもできないなんて……わたしは、 こんなに無力だったの……」 今、ウルトラマンAへ変身することさえできれば、怪獣を倒してみんなを助けることができるのに。 小さいころから魔法の才能がなく、無能のゼロだなどと揶揄されてきた自分。でも、そんな自分でも できることがあるとがむしゃらに突き進んできた。そうして、才人と出会い、多くの戦いや冒険を 乗り越えていくうちに、世界を守るなんて大それたことができると思ってきた。 なのに、今の自分はなんだ。うずくまっているだけで、何一つすることはできない。いつもはげまして、 くれる才人も今はいない。自分は、一人だとここまで無力だったのか。思わず歯軋りをした口元から かきむしる音が漏れ、目じりから熱いものがこぼれた。 「サイト……わたし、いったいどうすればいいの? 教えて」 無力をなげいてすがる言葉にも、才人は答えることはできない。ヒカリが敗れれば、才人の魂は怪獣の 胃袋の中で消化されてしまうだろう。そうなれば…… 「やだ! こんなことで、こんなところで永遠にお別れなんて許さないんだから! まだ、まだあんたには この世でやることがいっぱい残ってるんでしょう! わたしだって、サイトといっしょにやりたいことが たくさんあるんだから!」 なによりも、才人を失うかもしれないという恐怖がルイズに喉の奥から叫ばせた。風のルビーがはめられた 手が強く握り締められ、爪が手のひらに食い込んで血がにじむ。あれほど大切にしていた始祖の祈祷書も 放り出し、シルフィードの背に落ちてページが開かれる。 その……その瞬間だった。 風のルビーと始祖の祈祷書が、ともに共鳴するように光り始めたのだ。 「な、なんなの!?」 突然の目もくらむばかりの光に、ルイズはとまどった。そばで見ているタバサとキュルケも、想像も していなかった事態に何も言うこともできずに、ただ目を覆って呆然としているだけだ。 けれど、ルイズは光の中に、白紙だったはずの始祖の祈祷書のページの中に文字を見つけた。 それは、古代のルーン文字で書かれていて、ルイズは無意識にその文字を追った。 『序文。これより、我が知りし真理をここに記す……』 ルイズはとりつかれたように文字を追う。その正気を失ってしまったかのような目に、キュルケが 「ルイズどうしたの? いったい何をつぶやいているの?」と、問いかけてくるが、ルイズの耳には入らない。 どうやら、不思議なことに文字はルイズにだけ見えているらしい。いったいなぜか……いや、今のルイズに とってそんなことも、ここに記されていた信じられないような内容もどうでもよかった。 記述の最後、古代語の呪文の羅列をルイズは祈祷書を手に、杖をかざして読み上げる。 「エオヌー・スーヌ・フィル・ヤルンクルサ・オス・スーヌ・ウリュ・ル・ラド」 呪文を読み進めるごとに、自らの中に力が湧いてくるのをルイズは感じた。 生まれて今日まで、どんな魔法を唱えても爆発しか起こらず、虚しさを感じていたのとはまるで違う。 例えるなら、血が滾り、自らが炎と化していくような。今まで空回りしていた歯車が、はじめてかみ合った ような快く、猛々しい感覚。 これが、自分が生涯初めて使う魔法だとルイズは理解した。そして、自らに隠されていた系統も知った。 だが、それすらも今のルイズにはどうでもよかった。必要なのは、今何ができるか、それだけだ。 「ベオーズス・ユル・スヴュエル・カノ・オシュラ・ジュラ・イサ・ウンジュー・ハガル・ベオークン・イル……」 長い詠唱の後、呪文は完成した。 同時に、ルイズはこの呪文がどれほどの威力を持つのかを理解した。 破壊……圧倒的な破壊がもたらされる。 それは、望むのならば視界に入るすべてを焼き尽くすことも可能だろう。 選択肢はルイズの杖にある。なすべきことは、破壊すべきはなにか? 答えは、最初から決まっていた。 「キュルケ、タバサ、身構えてて。とてつもないのが来るわよ」 友への気遣いが、ルイズの魂が人のうちにあることを証明していた。 力は今、この手の中にある。それは、ただ一つの願いのためにだけ使う。 杖の先を、この瞬間にもヒカリにとどめを刺そうとしている怪獣に向け、息を吸い込み叫ぶ。 「サイト、今助けるからね。いくわよ……虚無の系統、初歩の初歩の初歩。『エクスプロージョン!!』」 その瞬間、すべての力を込めてルイズは杖を振り下ろした。 刹那……白い光がゾンバイユを包み込んだ。 続く 前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔
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前ページ次ページ魔法少女リリカルルイズ 土くれのフーケにとって、その訪問者は異常だった。 長身の黒マントだから?否、そんな者はどこにでもいる。 白い仮面で顔を隠しているから?否、そんな同業者はいくらでもいる。 夜中の訪問者だから?否、夜は盗賊たるフーケの時間だ。 それは、ここがチェルノボーグの監獄だからだ。 フーケはヴァリエールの屋敷で捕らえられた後、裁判のためにここに移送された。 そして今は裁判を待つ身である。 その間、ひどく退屈で牢番以外の誰かが来ない物かと思っていたが、まさか本当に警戒が極めて厳重なこの場所に非正規の訪問者があるとは思ってもいなかった。 もっともこの訪問者、まともでない上に油断ならない相手であることは間違いない。 ──私を殺しに来た刺客?あるいは…… 身構えるフーケにその訪問者は言った。 ハルケギニアを一つとし聖地を奪還するために我ら新しいアルビオンの仲間になれ、と。 想定外の問いにフーケは質問で返す。 断れば? 訪問者は答える。 死だ。 ならばフーケは断れようはずもない。それに、はっきりした物言いは嫌いではない。 故にフーケは男の仲間となった。 すなわちレコン・キスタの一人となったのである。 ヴァリエール公爵邸の中庭には大きな池がある。 燦々と照る日を受け、きらきら輝く水面に浮かんでいるのは小さな白い小舟。 その幻想的な小舟の中で、ルイズは周りの美しい景色に目をやることなく泣いていた。 と言っても、泣いているルイズは魔法学院の学生のルイズではない。まだ小さく、それに幼い6歳のルイズだ。 なぜ、こんなに泣いているのかはよくわからない。 でも二人の姉と魔法の力を比べられて悔しくて、情けなくて、悲しくて泣いているのだけはわかる。 ここに来るのはそんなときだけだからだ。 泣いても、泣いても涙が止まらない。ずっとずっと泣いていると、ルイズの白い小舟に魔法の力で空を飛んでいた立派な貴族が降りてきた。 「泣いているのかい?ルイズ」 「子爵様、いらしてたの」 まだ16歳の若い貴族ルイズのよく知る、そして憧れの人だった。 彼は先頃、近くの領地を相続したという。その件でここに来たのかも知れない。 「また、お父上にしかられたんだね。おいで、僕がお父上に取りなしてあげよう」 「でも……」 お父様が許してくれるかどうかわからない。 でも、子爵様と一緒なら。 「大丈夫さ。僕がついている」 「でも……」 お母様が許してくれるかどうかわからない。 きっと、すごく怒っている。 それがとても不安だ。 でも、子爵様と一緒なら。 「それに、みんなお茶を用意して待っているよ。ほら、ルイズの大好きなクックベリーパイもあるんだ」 子爵がおいしそうなパイをのせた手をルイズにさしのべる。 クックベリーパイの甘酸っぱい香りがルイズの小さい鼻に流れ込み、不安を溶かしていってくれる。 しかし、ルイズは頬をちょっとふくらませた。 ふくらせた頬と一緒に体も大きくなり、魔法学院のルイズになるが、そんな不思議もルイズは気にならない。 「子爵様。私、もう子供じゃありません。そんな食べ物なんかで釣られたりしません!」 「じゃあ、いらないんだ」 ──え? ルイズの目の前には子爵はないかった。 いや、さっきまで確かにとても立派で、素敵な、憧れの子爵様がルイズの前にいた。 でも、今ルイズの前でクックベリーパイをひょい、と引っ込めるのは 「じゃ、僕が食べちゃうよ」 ぶかぶかの服を着て、大きすぎる帽子を思いきり後ろにずらしてかぶっているルイズの使い魔、ユーノ・スクライアだった。 さっきまでは大きかった手も、今は小さくなって両手でパイを持っている。 「いただきまーす」 ルイズは誰の目にも止まりそうにないスピードで手を伸ばす。高速とか神速とか言うのもまだ生ぬるい速度だ。 さっきまでユーノの手にあったクックベリーパイは消え失せて、いつの間にかルイズの手の中にあった。 「誰もいらない、なんて言ってないわよ」 「じゃあ、それを食べたらみんなのところに行ってくれるよね?」 「でも……」 「まだ、たくさんあるよ」 「う……ユーノがそこまで言うんならしょうがないわ。行ってあげる。でも、これを食べてからよ」 「うん」 ルイズがニコニコ見ているユーノの前で大きく口を開ける。 少しくらい行儀が悪いがしょうがない。 それに見てるのはユーノだけだし。 あーーーーん ぱく 「うわぁあああああああああああああああああああああああああああああああ」 「ほへ?」 目が覚めた。 そろそろ日が昇ってきて、起きるのにはちょうどいい時間だ。 いつも聞こえる鳥の声が今日は聞こえない。 ユーノが叫びまくっているからだ。 「ほーひたの?ふーの」 「い、いたいいたいいたいいいたいいたいいたい。ルイズしゃべらないで、噛まないでーー」 「ほへー」 ルイズは寝ぼけ眼のまま、しばらくぼーっとしていた。 キュルケが朝一番にルイズを見つけたとき、何か違和感を感じた。 正確にはルイズではなく、その肩に乗っているユーノの方に違和感があった。 と言っても、その違和感の出所は探さないといけないような微妙な物ではない。 見ればすぐにわかる。 「何があったの?」 ユーノの胴体にはいびつな包帯がぐるぐる巻かれている。 相当不器用に巻いたらしく、ユーノの胴体がかなり太くなっていた。 「何でもいいでしょ!」 あまり言いたくない事のようで、ルイズはユーノが乗っている肩とは反対の方向に顔を背けてしまう。 その隙にタバサは、ひょいとユーノを取ってしまった。 「あっ、タバサ。何するのよ!」 「包帯の巻き方が悪い」 そう言うとタバサは、ルイズがユーノ奪還に伸ばす手を避けながら包帯を外してしまう。 全部の包帯が巻き取られ、露わになったユーノの胴体を見たとき、キュルケは自分の目を疑った。 そこにはくっきりと歯形が刻み込まれていたからだ。 「えっと……ルイズ、何かあったの?」 「なんでもないわよ」 「なんでもないって、この歯形、あなたのでしょ?」 親指と人差し指で大きさを測ってルイズの口と比べる。 ぴったりだ。 「……けたのよ」 「え?」 「だから、寝ぼけてユーノを噛んじゃったの!」 とたん、キュルケは口を開けて笑い出す。 以前は少しこらえていたが、近頃はそんなことをしない。 こらえても無駄だからだ。 「あははははあははは。噛んだ、噛んだって、自分の使い魔を?」 「そ、そーよ」 「そんなことするの、あなただけよ。きっと。ミス・ヴァリエール。あははははははあははは」 「そんなに笑わないでよ」 「間違いなく史上初めてよ。あははははははははははは」 ひとしきり笑い終えたキュルケは教室に歩きながら息も絶え絶えに一言だけ言った。 「あなたって、ホント面白いわ」 その横ではタバサが慣れた手つきでユーノに包帯を巻き終え、9割も余ってしまった包帯を扱いかねていた。 教室に入ったルイズは何となくユーノを見ていた。 (ユーノ、もう痛くない?) (平気だよ) そうは言っても気になる。 肩に乗っているときも、いつもとは違うようだったし、歯もだいぶ食い込んでいたように思える。 いい味が出ていたのは気のせいだろう。たぶん。 扉ががらっと開き、この授業の教師のミスタ・ギトーが現れた。 生徒達は一斉に席に着く。 この教師、生徒達にはあまり人気がない。冷たい雰囲気と、何より漆黒のマント姿がかなり不気味だからだ。 おかげで授業はいつも妙な緊張感に満ちて生徒達の私語も極めて少なくなる。 この日もそうだった。 一見、生徒達は授業に集中しているように見えるが、実際はどうなっているかさっぱりわからない。 今のルイズもそうで、半分上の空で考え事をしていた。 「最強の系統は知っているかね?ミス・ツェルプストー」 「『虚無』じゃないんですか?」 「伝説の話をしているわけではない。現実的な答えを聞いているんだ」 ルイズが考えているのは、今朝見た夢のことだ。 ──なんで、あんな夢を見たんだろう。 この数年、子爵とは会っていない。 憧れはまだ強く胸に残っているし、あの約束のこともはっきり覚えているが、今日の今日まで思い出したことはなかった。 「火に決まっていますわ。ミスタ・ギトー」 「ほほう。どうしてそう思うね?」 あの約束を聞いたときに感じたあの思い、それもまた覚えている。 それが今、子爵の夢を見る元となったのだろうか。 「全てを燃やし尽くせるのは、炎と情熱。そうじゃございませんこと?」 「残念ながらそうではない だとしたら最後に子爵がユーノになったのはどういうわけだろう。 ──まさか、あの思いをユーノに? いや、それはない。あるはずがない。 ユーノは、ずっと年下だし、子供だし、何よりフェレットだし。 それだけはあるはずがない。 別のことで子爵とユーノに共通点を感じたに決まっている。 そう子爵はメイジとしても一流だった。 ユーノも四系統ではないがすごい魔導師だ。 きっとそこからに違いない。 ルイズは安心して満足そうにうなずいた。 「試しに君の得意な火の魔法を使ってみたまえ、と言いたいところだが……ミス・ヴァリエール!」 そう言うとギトーは杖を一振り。 空気の固まりがぶわっとルイズの髪をかき上げる。 「は、はい?」 ようやく周りのことが耳に入ってきたルイズだが、今何が起こっているのかはまだ分かっていない。 確か今は風の授業のはずだ。 ──と言うことは! ルイズはあわてて杖を出して、それを持った手を振り上げる。 「はい、わかりました。すぐにやります」 「え?」 さっきまで問答をしていたキュルケが顔を引きつらせる。 「み、みんな危ない!隠れるんだ」 ギーシュが叫ぶが早いが机の下に待避する。 「ま、待ちたまえ!ミス・ヴァリエール!早まるな!」 もう遅い。 あわてるルイズは風を起こすルーンを唱え杖を振る。 そして爆発が起こった。 庭で洗濯物を干していたシエスタの後ろで爆音が聞こえた。 以前はその爆発はよくあることではあっても、縁の遠い物ではあったが今は何故か身近に感じられる。 ミス・ヴァリエールが爆発を起こすところを見る機会が増えたからかも知れない。 そういえば爆発が前より大きくなっているような気がした。 ミス・ヴァリエールの毎日の練習の成果が出ているのだろう。本人は喜ばないかも知れないけど。 音の元を見ると、教室から煙がもうもうと噴き上がっていた。 さらに窓から誰かが──今日のはよくわかる。よく飛ばされるマリコルヌと言う貴族だ──魔法も使わずに飛んでいくのが見えた。 シエスタは放物線を描いて飛んでいくマリコルヌを目で追った。 とりあえず、どうしていいか考えていたからだ。 学園の塀の手前まで飛んだところでようやく結論が出た。 「大変!!」 シエスタは塀の向こうに空を飛ぶ貴族を追っていった。 前ページ次ページ魔法少女リリカルルイズ